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2019年12月19日木曜日

三菱一号館美術館「印象派からその先へ」5



その名は小林さんーープロ野球の選手だったけれども、その後シェフになって世界を旅しているという話でした。僕は藤島桓夫[ふじしまたけお]が歌った名曲「月の法善寺横町」の♪包丁一本さらしに巻いて 旅に出るのも板場の修行……♪という一節を思い出しながら、このギリシア料理が繊細で美味しかったのは、シェフが日本人だったからなんだと腑に落ちたことでした。といっても、それは単に日本人の口に合ったからじゃ~なく、本当に美味しかったんです!!

いまも小林さんは世界のどこかで、シェフとして美味しい料理を作っていることでしょう。あるいはもう、日本に帰ってきていらっしゃるかもしれませんが……。ピサロの「ロンドンのキューガーデン 大温室前の散歩道」は、キューガーデンだけじゃ~なく、その帰りに寄ったギリシア料理店・アクロポリスや小林シェフのことまで、髣髴とさせてくれたのです。

ヤジ「オマエのブログは、美術で始まっても、必ず最後に食い物か酒の話になるなぁ!!」 



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