2021年9月18日土曜日

追悼 大久保一久さん2

正やんの曲がどんなにすぐれていたとしても、久保やん――大久保一久さんとのあのハミングがなかったら、あるいは久保やんのセカンド・ギターを欠いていたら、あれほどの大ヒットにはならなかったでしょう。事実、その前にリリースされたかぐや姫の「22才の別れ」は、大してヒットしていなかったのですから……。

 さっそく僕も口真似よろしく、弾き語りでやってみました――もちろん石川鷹彦さんのナッシュビル・サウンドは真似られるものじゃ~ありませんでしたが……。その後「22才の別れ」を聴くことはあっても、歌うこともなく時は過ぎていきました。 

2021年9月17日金曜日

追悼 大久保一久さん1

 

 フォークデュオ「風」の大久保一久[かずひさ]さんが亡くなられました。享年71――惜しみても余りある早すぎる逝去です。心から追悼の辞を捧げ、ご冥福をお祈りしたいと思います。

昭和50年(1975)、フォークグループ「猫」を卒業していた大久保さんが、かぐや姫で活躍していた伊勢正三さんと「風」を結成して放ったデビュー曲こそ「22才の別れ」です。

それを聞いたときの強い印象は、今でもよく覚えています。正やん――伊勢正三さんの歌詞と曲がすばらしかったことはもちろんですが、僕にはまったく縁がなかった青春のロマンと哀歓がうたわれていたからです。しかし「神田川」とはチョットちがって、それまでの和製フォークになかった濃密なイメージが心に浮かんだのでした。


2021年9月16日木曜日

山根登・生の証8

もちろんその男も完全に出来上がっていましたが、まったく乱れるところがありません。しかし実演が佳境に入るころ、奥からシラフの男が出てくると、大声をあげて一喝、ストップさせてしまったんです。湖南語なのか、まったく分かりませんでしたし、事情もよく飲み込めませんでしたが、おそらく店主だったのでしょう。

 というわけで、長沙は馬王堆とともに、拉麺の妙技でも忘れることができない街なんです()  しかし拉麺はともかく、登さんの絵を見て懐かしさを感じるのは、僕の長沙体験のためばかりではありません。

そのサウダーデの起因が、見る人をしみじみとした情感に誘う魂魄のようなもの、言霊にならっていえば画面に揺曳する「形霊」や「色霊」にあることは、すでにアップしたとおりです。しかし今回「長沙の兵舎」を拝見して、僕は「影霊」という言葉を新たに捧げたいなぁと思ったのでした。

 

 

2021年9月15日水曜日

山根登・生の証7

すでにアップしたように、僕が長沙を訪ねたのは1995年、香港大学で日本美術史を講義していたときでした。いまその時の旅日記を引っ張り出してきて、ながめているところです。117日、馬王堆の遺跡と出土品を見たあと、湖南省博物館を見学し、夕方ホテルの湖南民航大酒店へ戻っています。そして一休みしたあと、前日も食べた長沙駅前の大衆食堂に出かけ、激辛の三鮮火鍋なるものを注文して白酒を飲んでいます。

日記には「中国人民と交歓」なんて書いてあります。というのは、隣のテーブルで飲んでいた数人とおしゃべりになり、なぜか話題が拉麺のことになると、そのなかのスガメの男が、俺はその名人だと言いつつ調理場から小麦粉のかたまりを持ってきて、遠来の日本人に文字通り麺を拉[]き伸ばす実演を見せてくれたんです。確かに妙技でした。

 

2021年9月14日火曜日

山根登・生の証6

 山根登さんが華道家のお父さん・山根翠堂先生や、僕の恩師でもある弟の山根有三先生に、中国の戦地から送ったスケッチや手紙絵に対するオマージュを、半年ほど前この「饒舌館長」にアップしました。これをご覧になった真生流家元の山根由美さんが、その一部を機関紙『真生』315号に紹介してくださいました。とてもうれしく感じるとともに、ブログゆえ推敲もよく加えていない拙い文章をチョット恥ずかしく思ったことでした。

そこに新しく紹介された登さんの「長沙の兵舎」は、黒インクにバアント・シエナを加えたバイクロームのスケッチです。その陰翳が生み出す清らかなリリシズムに、僕はさらに感を深くしたのです。そしてこの作品も、何かとても懐かしい感情――ポルトガル語の「サウダーデ」を呼び起こしてくれたのです。

 

2021年9月13日月曜日

火酒18

 

さっそく片山楊谷の項を見ると、『日本画家辞典』とほとんど同じ文章が載っていて、まさしく「火酒」となっています。僕はしっかりと醸された池田酒をたたえた表現と考えましたが、生酒ではなく火入れをした酒の意味ではないかというのが、FBフレンド・矢野尾さんの見立てです。

「火酒」は正しかったのですが、将軍家房はやはり『日本画家辞典』の誤植で、11代将軍家斉[いえなり]が正しいことを確認できました。側室が40人、子どもが55人もいて、それが徳川幕府の滅亡を早めたと噂される、かの艶福将軍家斉です。楊谷に引見酒を下賜した家斉さんは、やはりお酒の方もメチャ好きだったんでしょうね() 

『日本画家辞典』では省略されたエピソードも『因伯紀要』には紹介されていて、楊谷という画家の人間性に、饒舌館長はいよいよ深く惹かれたのでした。

ヤジ「人間性に? ただ楊谷が酒呑みだったからだろう!!」


2021年9月12日日曜日

火酒17


 16回連載した「火酒」も昨日で終る予定でしたが、あと2回続けることにしました。というのは、いつか直接当たってみたいと考えていた『因伯紀要』がちょうど手に入ったからです。1冊欲しいなぁと思って「日本の古本屋」を検索したら、あることはありましたが15000円――チョット高いなぁとあきらめ、まさかと思いつつヤフー・オークションを検索したら、これが3分の1で出品されていたんです!! 

ソク入札してゲットしました。もっとも、「日本の古本屋」のは1907年の初版みたいですが、コチトラのは1981年の復刻版です() 鳥取県が再置されたのは1881年だそうで、その100周年記念に当たり、鳥取市の矢谷印刷所という会社が、1500部限定で復刻したもののようです。復刻版といっても、内容に変りはありません――当たり前田のクラッカー!!

 

2021年9月11日土曜日

火酒16

 

この出典は『因伯紀要』という本だそうです。もっとも摂津池田といえば、池田酒で有名な酒どころ、酒仙館長も大好きな「呉春」はそれを代表する銘酒ですね。つまりこの「火酒」というのは、しっかりと醸された池田酒を褒めたたえたもので、本当の蒸留酒であるはずはないと思います。

しかし「饒舌館長」に「火酒」をアップしているうちに、『日本画家辞典』に火酒をやったと伝えられる酒仙画家・楊谷のことがチョット思い出されたというわけです。もっとも、本当に「火酒」と書いてあるのかどうか、いつか『因伯紀要』に直接当たってみたいと思います。そもそも家房などという徳川将軍はいないんですから()

最後に、僕が愛するテレビ番組BS-TBS「酒場放浪記」で有名なマルチ俳人・吉田類さんのエッセー集『酒場詩人の流儀』(中公新書)から、火酒を詠んだ名吟を2首紹介して、マイ火酒談義は終ることにしましょう。

  僧に非ず俗とも成れず火酒[ひざけ]呑む

  火酒[かしゅ]過ぎて亡者の船に揺られたる


2021年9月10日金曜日

火酒15

 

性酒を嗜む。かつて摂津池田に至り、酒肆の前を過ぐるに忍びず、入りて4斗入りの火酒1樽を購い、連飲すること1升、後を顧みずして去る。主人その常人にあらざるを察し、人をして追尾せしむ。楊谷徐[ゆる]やかに行き、郊外に佇立し、暮景を恋賞す。よって意を致して伴い帰る。主人その楊谷なるを知り、歓待すこぶる到る。楊谷ために屏風1双を画き去る。

またかつて江戸に在り、猩々会に望み、豪飲第一位を占む。将軍家房その画を愛し、かつ酒量の大なるを聞き、引見酒を賜う。楊谷飲み尽くせる酒量1斗、挙止整然、少しも酔態なかりしという。

2021年9月9日木曜日

火酒14

 

そのうちの1点が、豪華図録『ザ プライスコレクション』(小学館)に紹介されています。解説を担当するのは、去年「饒舌館長」に『水墨画入門』(岩波新書)へのオマージュをアップしましたが、その著者・島尾新さん――この絵の魅力をお馴染みの島尾文体で熱く語っています。この秀作も出光美術館に入ったプライス・コレクションのなかに含まれているにちがいありませんから、間もなく皆さんも実見することができるでしょう。

日本では10年ほど前、鳥取県立博物館で特別展「因幡画壇の鬼才 楊谷と元旦」が開催され、広く画名が知られるようになりました。僕はそのカタログを見ただけですが、楊谷の細かい毛描きの妙に、妙に心を動かされました() その楊谷は酒仙画家であったようで、愛用する澤田章編『日本画家辞典』には、次のようなエピソードが伝えられています。

2021年9月8日水曜日

火酒13


江戸絵画史にも「火酒」が登場します。それは片山楊谷伝のなかに出てきます。楊谷は長崎出身のため長崎派に分類されることもありますが、おもに因幡(鳥取県)で活躍した画家で、とくに虎の画で有名です。

僕の楊谷体験は、何といってもエツコ&ジョー・プライス・コレクションと結びついています。江戸の動物画にプライス美学との強い共鳴を感じるジョーさんが、楊谷の虎をコレクションに加えないはずはありません。

1993年秋、学生と一緒の研修旅行で、ロサンジェルス郊外コロナ・デル・マールのプライス邸にお邪魔したとき、楊谷の彩管になる虎の掛幅を2点、21隻の押絵貼屏風をまとめて拝見する機会に恵まれ、はじめて楊谷という画家に興味を抱いたのでした。


 

2021年9月7日火曜日

火酒12

ところで、この記事では「ウォッカ」と表記されていますが、『日本国語大辞典』では「ウオッカ」で立項され、「ヴォートカ」「ウォトカ」というのも併記されています。しかも北原白秋の歌集『桐の花』からエッセーの一節が引用されていて、白秋は「ウオツカ」と書いていることを教えてくれます。どれが正しいのか、酒仙館長としては気になるものの、カタカナで書く限り、いずれもロシア語の発音とはかなり違っているんだと思いますが()

サマゴンの興味深い歴史も教えてくれるこの記事は、美味しい自分だけのお酒が造れて、いかにも楽しそうに、また人生が豊かになるごとく書かれています。しかし、3日前から準備しなければならず、醸し始めてから飲むまでに6時間もかかるんじゃ~、酒仙館長はとても待ってなんかいられませんよ()


2021年9月6日月曜日

火酒11

3日前に仕込んで発酵させたライ麦のもろみから、6時間かけて、約58400ミリリットルのサマゴンを醸すパーベルさんの作業工程が、とても分かり易くレポートされています。ロシアでは、2002年に自家消費用サマゴンの製造が合法化され、リードにあるように、現在では趣味として大変人気を集めているそうです。

「ウォッカが簡単に手に入る現在、酒が欲しいからと造る人はほとんどいません。みな酔いたいからではなく、多彩な香りや風味の追求に魅了されているんです」と、パーベルさんは語っています。事実、パーベルさんもしずくを数分おきにグラスにとって鼻を寄せ、目を閉じ、研ぎ澄ました感覚で色や香りを確かめています。もう趣味人というより、杜氏そのものです。

 

2021年9月5日日曜日

火酒10

 


強烈火酒ベストスリーは以上ですが、515日の『朝日新聞』夕刊に、「自家製ウォッカ 芳醇な大人時間」というおもしろい記事が載っていました。次のようなリードとともに……。

ロシアで最近、自家製ウォッカとも呼ばれる「サマゴン」づくりが人気を集めているという。収入減などコロナ禍の打撃を受けた市民が、手製の酒で憂さを晴らす――そんな深刻な社会問題かと思ったら、そういうわけでもないらしい。「豊かな大人の趣味」を楽しむ愛好家を、モスクワ郊外に訪ねてみた。

 記者の石橋亮介さんが、モスクワ郊外のダーチャ(ロシア風別荘)に訪ねたのは、長年つとめた会社を退職、今や趣味の域も超え、マザコン、いや、サマゴンづくりに専念するパーベルさん(48)です。

2021年9月4日土曜日

火酒9

 

確かに「飲用不可」と大きく書かれていますが、もとは泡盛、しかもハナサキですよ。それを再蒸留して濃度を高めたものにちがいありません。高めたといっても、「どなん 花酒」は60度ですから、チョット高いだけだともいえます。

しかも封を切ると、これまた得も言われぬ泡盛の芳香がかすかに鼻腔をくすぐります。さっそく濃い目の水割りにしていただけば、「どなん 花酒」に勝るとも劣らぬ銘酒振りです。沖縄県産黒麹を使っているそうですから、旨くないはずがありません。

崎元酒造所さん、手指の消毒にも、体内の毒消しにも効く「消毒毒消酒」と銘打って売り出せば、とくに居酒屋さんによく売れるんじゃ~ないでしょうか。先日の朝日歌壇に、「酒出せぬ緊急事態の居酒屋でやけに目につくアルコール液」という名吟がありましたが、「これは消毒用です」とコップに注いで提供すれば……。

ヤジ「そういう抜け道を考えるヤカラがいるから、いつまで経ってもコロナが終息しないんだ!!

2021年9月3日金曜日

火酒8

 


最後の強烈火酒は、「花酒 78%」です。瓶の横に貼られたラベルには、次のように印刷されています。

花酒78%(HANASAKI78%)は、沖縄県与那国島のみで行なわれてきた蒸留工程の初留分(ハナサキ)で造る高濃度アルコール泡盛(花酒)の伝統的製造技術から生まれた商品です。

 先に国泉泡盛の銘酒「どなん 花酒」をあげましたが、「花酒 78%」は崎元酒造所の「花酒」です。しかしこれはお酒じゃ~ありません。コロナ禍になり、消毒用エタノールの代替品として開発された手指消毒用アルコールなんですーーだから「商品」なんです。先月7月の誕生日、「78%」に78歳を懸けて贈られた、ウィット・プレゼントです。もちろん消毒用として……。

 ヤジ「何だ、3つともみんなモライ物じゃないか!?

2021年9月2日木曜日

火酒7

 

裏のラベルには、「アルコール度数が高いため、火気に注意して下さい」と書いてある――ガソリンみたいな代物です。しかし、もっと大きな活字で「スピリッツ」と印刷されています。つまり、お酒として売っているんです。

「食料を無駄にしてはならない」というのは、今は亡き両親の厳しい教えです。この食料には飲料も含まれているにちがいなく、チョットだけでも体内に入れれば、泉下の両親も許してくれるのではないかと思い、ネジ蓋を切ると、ワクチン接種のとき鼻を突いた、あの消毒用アルコールの臭いです。

もちろん、このままやる勇気はありません。ちょうど冷蔵庫に眠っていた「微アル」にチョット加え、普通のビールにして賞味したことでした() それにしても、ポーランド人というのは見上げた国民ですね。おそらく、冷凍庫でトロトロに凍らしてそのままやるにちがいありません。日本人なら、死ぬか、急性アル中になるか、胃や肝臓をやられるかでしょう。何しろ96度ですよ!!

2021年9月1日水曜日

火酒6

 


次の強烈火酒はポーランド・ウオッカの「スピリタス」です。これは何と96度、アルコールのニコゴリみたいなものです!! 話には聞いていましたが、やったことはありません。これをある方から頂戴したんです。

このごろ都心や静嘉堂文庫美術館から帰ってくると、女房がアルコール・スプレーによる完全消毒を実施します。この通過儀礼が済まないと、玄関から先、一歩も入れてもらえないんです。このサッド・ストーリーをその人に話したら、どうぞこれをお使いくださいといってお恵み下さったんです( ´艸`)

追悼 大久保一久さん2

正やんの曲がどんなにすぐれていたとしても、久保やん――大久保一久さんとのあのハミングがなかったら、あるいは久保やんのセカンド・ギターを欠いていたら、あれほどの大ヒットにはならなかったでしょう。事実、その前にリリースされたかぐや姫の「 22 才の別れ」は、大してヒットしていなかった...