2022年5月22日日曜日

蕪村唐寅試論14

 

『今古奇観』というのは明末の短編小説集、抱甕ほうよう老人という人が編集したもので、わが国の江戸文学にも大きな影響を与えたそうです。唐寅の話は「唐解元 世を玩あざむいて奇を出だすこと」という第33話で、荒唐無稽にしてホンマカイナァと思わせる内容ですが、火のないところに煙は立たずというヤツでしょう。

大きな質屋というのは、お金持ちの華学士が営むところ、小間使いというのは、奥方が着る四季折々の着物を世話するお側仕えで、秋香という美人でした。唐寅ラブストーリーとでもいったらよいのでしょうか、芸妓・小糸と老いらくの恋に落ちた蕪村は、この話を知っていたにちがいありません。

2022年5月21日土曜日

蕪村唐寅試論13

 

つぎの「花と酒」は美しい花とお酒をたたえた一首ですが、この花が女性のメタファーであることはいうまでもありません。事実、唐寅は女性が大好きでした。吉川幸次郎先生によると、唐寅の奔放不羈は兄弟子の祝允明があきれるほどでした。

道で見かけた美人のあとをつけ、大きな質屋の小間使いと知ると、身分をかくし番頭として住み込み、ついに思いをかなえたという話が、『今古奇観』きんこきかんに見えるそうです。「全然の虚構ではないであろう」と吉川先生はおっしゃっています。

僕は居てもたってもいられず( ´艸`)、逗子市立図書館に駆けつけると、『中国古典文学大系』の『今古奇観』を借り出してきました。

2022年5月20日金曜日

蕪村唐寅試論12

 

唐寅「花下酒を酌む歌」(続)

  来年の今日この花が 咲いているかは分からない

  今日 来年のことなんか 誰にもまったく分からない

  測りがたきはこの自然 しょっちゅう風吹き雨も降る

  予測不能だ 人生も 挫折・蹉跌はしょっちゅうだ

  しかし自然と人生が 同じだというわけじゃない

  自然は輝く春光で 人生――流水ごときもの

  育てることが難しく 花期も短い名花だが

  人も少年老い易く 若いころには戻れない

  花の下にて日々陶然――そうはいくまい人生は

  それゆえ花は人生が 馬鹿げたものだと笑ってる

2022年5月19日木曜日

蕪村唐寅試論11

 

唐寅「花下酒を酌む歌」

  九十日間 春 三月みつき 輝く光はすぐ消える

  手を打ち鳴らし花の下 いなか歌でも歌おうぜ

  枝に咲く花 何日間 散らずにもってるものでしょう?

  人間だってどれくらい 生きていられるものでしょう?

  昨日は花の真っ盛り 今日も続いて見ごろでも

  明日あしたは花も散っちゃって 秋草みたいになるだろう

  花を背にしている人が 去年と同じ人だとて

  去年と比べりゃ今年には 年取っちゃてる一歳も

  昨日みごとに花咲けど 枝に別れを告げ散れば

  明日あす見るためにやってくる 人が果たしてあるや否?

2022年5月18日水曜日

山種美術館オンライン講演会2

 


この作品については、去年追悼の辞を捧げた武田光一先生が『美術研究』348号に発表した名論卓説があって、すべてが尽くされています。

詳細はそれにゆずって、ここでは伊勢松阪から出た黄檗僧・終南浄寿が加えた、印象深い七言絶句の戯訳だけをアップすることにしましょう。

  おんぼろ橋に差す夕日 すでに真紅に染まってる

  川が一筋流れてる 枝垂れ柳が両岸に……

  急に旅人やってきて 渡しの水夫かこを呼んでいる

  深き碧みどりの入り江には 小さな舟がユラユラと……

 

2022年5月17日火曜日

山種美術館オンライン講演会1

 

山種美術館オンライン講演会「魅惑の山種コレクション――饒舌館長ベストテン――」

 514日午後、表題のようなオンライン講演会をやってきました。いつもどおりお得意の口演ですが、今回は聴講者ナシ、ただパソコンのカメラに向かってしゃべるだけ――はじめての体験でした。

饒舌館長としてはチョットやりにくかったのですが、とくに緊張はしませんでした。いや、実際は緊張していたらしい。間違えるはずもない杜甫「春望」の中国語暗唱を、とちってしまったのですから( ´艸`)

タイトルのとおり、山種コレクションから10点を選んでしゃべったのですが、ここでは池大雅の「指頭山水図」を「僕の一点」に選びたいと思います。

ヤジ「それにしても何十年前のポートレートを使ってるんだ!!!」


2022年5月16日月曜日

蕪村唐寅試論10

 

酒を把りて月に対する歌(続)

  李白は天才詩人だが また天才的酒仙なり

  現代詩人のこの俺も 百杯飲めば千首でき……

  李白のような才能が チョットないのを恥じるけど

  俺の非才をお月さん 馬鹿にしているはずはない

  俺も絶対乗るもんか 皇帝殿下の豪華船

  俺も惰眠をむさぼらず 花の都の宮廷で

  蘇州の田舎のちっぽけな あばら家住まいの俺だけど

  囲む樹木に桃の花 空にゃ李白の名月が……

2022年5月15日日曜日

蕪村唐寅試論9

 

酒を把りて月に対する歌

  李白生れる以前から もともと月は存在し

  単に李白が下にいて 吟じただけだ かの名詩

  今や李白はもうすでに 仙人と化し冥界へ……

  蒼穹にある月だけが 何度も満ち欠け繰り返す

  今なお李白の名吟を 暗唱している現代人

  十五夜迎えりゃ月もまた 李白の時代とおんなじだ

  俺は李白を学びつつ 輝く明月 眺めてる

  だけども月は李白など 認知しているはずがない

2022年5月14日土曜日

蕪村唐寅試論8

 

みずから「江南第一風流才子」と誇らしく名乗った唐寅ですから、お酒が嫌いなはずはありません。あるいは僕と同じで、「酒は文化だ。したがって文人の俺は飲まねばならない」と思って無理して飲んでいたのかな() 

お酒といえば李白ですね。唐寅の「酒を把りて月に対する歌」は、李白の名吟「月下独酌」をモチーフにして詠んでいます。この天才詩人を心から尊敬しつつも、時代を超えてお酒によって結ばれた友のごとくに詠んだユーモアが、江南第一風流才子の明るい人柄をよく感じさせてくれます。

それは山本勉さんの愛猫ルリちゃんに戯訳をささげた、「猫を責む」のユーモアにも通じているようです。

2022年5月13日金曜日

蕪村唐寅試論7

 

彦九郎日本に還るに詩を作りて之れを餞とす 

 浮き草みたいに二度までも 我が中国へやって来た 

国に帰れば誇らしく 語るんだろう渡航歴 

はたちの青年 剣と玉 身に帯び皇居に参内し 

星も瞬く真夜中に 宿直とのいの役をやってきた 

三年過した客人まろうどに 送別の歌 贈りたい 

大海原をスイスイと 無事に故国へ万里越え……

その旅のあといつの日か 必ず戻って来て欲しい

別れの竹と花束を いま贈るのは止めとこう

2022年5月12日木曜日

蕪村唐寅試論6

 

これまで唐寅詩の戯訳は、「酒を進める歌」「猫を責む」「平湖夜泛図賛」の3首ほどをアップしましたので、それ以外を『唐寅集』<中国古典文学叢書>から紹介することにしましょう。

興味深いことに、唐寅は中国に来ていた彦九郎という日本人ととても親しかったんです。彼が日本へ帰るときハナムケに贈った七言律詩「彦九郎日本に還るに詩を作りて之れを餞とす 坐間の走筆甚だ工みならざる也」の戯訳をまずお目にかけましょう。これは『國華』拙論にも使い、戯訳も註に厚かましく掲げちゃったのですが、ちょっとバージョンアップしてみました。

2022年5月11日水曜日

蕪村唐寅試論5

 

とくに佐藤康宏氏がはじめて紹介した蕪村筆「倣唐寅夏山訪隠図」の意義は、きわめて大きいものがあります。このような唐寅への尊敬を高めた契機として、仮託本ともされる『唐六如先生画譜』があったようにも思われます。

さらに唐寅は明時代を代表するすぐれた詩人でもあり、それは画家にして俳諧師であった蕪村の生き方とまったく同じでした。しかも唐寅はみずから「江南第一風流才子」と名乗った自由人でしたから、それも蕪村が強く憧れ、理想とするところだったにちがいありません。

2022年5月10日火曜日

蕪村唐寅試論4

 

蕪村が「謝寅」と名乗ったのは安永7年(1778)のことでした。以後5年間が謝寅時代と呼ばれる画風大成期となるのですが、この離俗論がその前年に書かれていることには、きわめて重要な意味があるというのが独断と偏見です()

この「寅」は明代中期の画家である「唐寅」から採られたことが指摘されており、私も積極的にこれを認めたいのです。唐寅はさまざまな画風を折衷した院派の画家ですが、それは蕪村が多くの画風を取り入れて蕪村様式を完成させたことと非常によく似ています。

また蕪村は『八種画譜』のなかの唐寅画譜からも影響を受けましたが、それと同時に唐寅の肉筆画に触れる機会にも恵まれていたのです。

2022年5月9日月曜日

蕪村唐寅試論3

 

蕪村は維駒に求められて『春泥句集』に序文を寄せましたが、版下も蕪村自筆、いかに力を籠めたかがしのばれます。蕪村はかつて洛西の別荘で召波に会い、そのとき交わした問答をもって序文としています。蕪村の結論は以下のとおりです。

俳諧のもっとも重要なポイントは、俗語を用いて俗気を離れることですが、そのためには漢詩を多く読むのがよいのです。絵画の場合も、俗気を除去するためには書物をたくさん読めという去俗論が唱えられています。

俳諧と漢詩はより一層近しい関係にあるのですから、俳諧上達のために漢詩を読むことは理にかなったことなのです――この師蕪村の離俗論に、召波は深い感動を覚えたのでした。

離俗論はわが国の文人画に大きな影響を与えた、清初の画譜『芥子園画伝』にある去俗論を蕪村風にアレンジしたものですが、去俗論の根底にはかの董其昌の文人画論がありました。

2022年5月8日日曜日

蕪村唐寅試論2

 


拙論は文字通り拙論ですが、チョット紹介させていただきたいと思います。これがないと、唐寅詩の戯訳紹介が唐突にすぎるからです――というのは口実かな( ´艸`)

 安永6年(1777)、春泥舎召波の7回忌に当り、嗣子の維駒[これこま]は、父の遺句を集めて『春泥句集』を編集出版しました。召波は詩名を柳宏ともいう俳人にして漢詩人、与謝蕪村門下三傑の一人でした。その七言絶句「墨水泛舟」の戯訳を紹介しましょう。

  大きな川に日は沈み 一面 夕波 果てしなく

 渡し場あたりどこからか 三味線と歌 聞こえ来る

 風に帆を張り痛快に 小舟に乗って行く十里

 白髭明神しらひげみょうじん浅草寺 次々どんどん過ぎて行く

2022年5月7日土曜日

蕪村唐寅試論1

 

拙論「蕪村唐寅試論」(『國華』1518号)

 何度かいま書いているところだというようなことをアップしたように思いますが、拙論「蕪村唐寅試論」がようやく活字になりました。30枚ほどの短い文章なのに、ずいぶん時間がかかってしまったのは性怠惰のゆえです。いや、後期高齢者のゆえかな( ´艸`) しかしその間に、佐藤康宏さんの教示を得てバージョンアップをはかることができました。佐藤さん、ありがとう!! 

この『國華』1518号は、マシュー・マッケルウェイさんの「進出『程嬰杵臼豫譲図屏風』考察」、五十嵐公一さんの「狩野興以の法橋叙任」、佐藤康宏さんの「与謝蕪村筆倣唐寅夏山訪隠図」にマイ拙論という構成になっています。これまでの普通号とはチョット変わったラインナップですが、結構おもしろい号になったのではないかと自負しています。

2022年5月6日金曜日

下川裕治『「おくのほそ道」をたどる旅』16

 

追悼 田辺聖子さん<201966日歿 享年91

 僕が大好きな作家・田辺聖子さんがお亡くなりになりました。心より哀悼の意を表するとともに、ご冥福をお祈り申し上げます。

ご逝去を伝える『朝日新聞』の書き出しには、「人生の機微をすくい取った恋愛小説や、ユーモアにあふれたエッセーで人気を集めた文化勲章受章者の作家、田辺聖子さん」とありますが、僕にとっては、何といっても『姥ざかり花の旅笠 小田宅子の<東路日記>』(集英社)の作者・田辺聖子さんですね。

もともと僕はお聖さんが好きだったのですが、これを読み始めたのは、幕末の女旅日記なので、何かエッセーでも書くときに使えるんじゃないかという、ちょっとセコイ考えからでした。天上の聖子さん、どうぞお許しください!

筑前・上底井野村(現・福岡県中間市)の裕福な商家をあずかる小田宅子と桑原久子という二人の主婦が、相はかってお伊勢参りに出かけます。宅子さんは53歳、久子さんは51歳、ほかに二人の女性を加えた女4人旅です。時は幕末の天保12年(1841)、荷物持ちの下男3人を従えていたとはいえ、女性がそんな旅行をできるほど、我が国は治安がよかったのです。街道海路もよく整備されていました。

とはいえ、こんな大旅行に必要なお金を、すべて持ち歩いたのでしょうか? そんな心配はご無用です。驚くべきことに、すでに為替制度が発達していて、宅子さんたちは行く先々で現金を受け取ることができたのです。また女性ですから、当然のことながら――などというとまた怒られそうですが、やたらとおみやげを買い込みます。すると、それを上底井野村の自宅まで届けてくれる飛脚便までありました。江戸時代に、もうクロネコヤマトが存在していたんです() 

宅子さんたちは伊勢から善光寺へと参詣の足を伸ばし、江戸見物を楽しんだあと、懐かしき故郷へと無事戻ってくるのですが、その間5ヶ月、正確には144日、距離にして800里というのですから、驚くとともに深い感動を覚えずにはいられません。

江戸時代はきわめて安定した社会のもと、経済が発展し文化が成熟したすぐれた時代でした。知識としてはその事実を理解していました。しかし聖子さんの『姥ざかり花の旅笠』は、それを分かりやすく、そして具体的に教えてくれたのでした。

ところで、先日も「饒舌館長」に登場していただいた俳優の高倉健さんは、宅子さんの5代あとにあたるご子孫なのです。健さんの本名は小田剛一ですから、小田宅子さんの直系にあたる方なのでしょう。健さんは、その因縁をみずから『あなたに褒められたくて』(集英社文庫)というエッセー集に書いています。

もともと宅子さんによる『東路日記』という旅日記が遺っており、研究資料として校刊もされていたのですが、これを読みやすい形で世に出したいという健さんの熱い思いが聖子さんに伝わり、この素晴らしい本が誕生したのでした。

田辺聖子さんといえば、ちょっと心残りの思い出があります。僕が『國華』の主幹を預かっていたころ、もう少したくさんの方々にこの美術雑誌を読んでほしいなぁと思い、丸谷才一、ドナルド・キーン、渡辺保といった多くの人に愛されている知識人に、論文でも随筆でも自由にお書きくださいといって、お願いしたことがあります。

実をいうと、すでに何回か紹介した天羽直之さんのアイディアであり、みな天羽さんが親しくされていた方々でした。

『姥ざかり花の旅笠』を読んで感を深くしていた僕は、ぜひ聖子さんにもお書きいただいたいなぁと思わずにいられませんでした。しかし、僕はもとより、天羽さんと接点がなかったこともあり、そのままになってしまいました。

もう一人、ぜひご寄稿いただきたいと思ったのは白川静先生でした。白川学に対して批判があることは知っていましたが、漢字は精神的所産であるという先生のお考えには、深く共鳴するところがあったからです。何よりも、『漢字 生い立ちとその背景』(岩波新書)がこの上なくおもしろいからです。

先生にはお手紙を書いた上でお電話を差し上げました。これから書かなくてはいけない本が10冊ほどあるとのことでしたが、そのあとで結構ですからと無理を言って、「漢字と美術」といった内容で如何でしょうかとお願いしました。しかし間もなく、先生は幽明界を異にされてしまいました。

聖子さんにもダメモトでお手紙を差し上げればよかったなぁと、ご逝去の報に接し、昨日のことのように思い出されたことでした。

2022年5月5日木曜日

下川裕治『「おくのほそ道」をたどる旅』15


 きっと信州上田にも、すばらしい地酒があるのでしょう。昼間からそれをやりながら、井本先生は熟す前の青あんずに、天寿をまっとうすることのなかった真田幸村を重ね合わせているという解釈もあるようです。

この連載が始まって間もなく、FBフレンドの清水雅智子さんが、田辺聖子さんの『おくのほそ道を旅しよう』(講談社文庫)をちょうど読んでいたところだというコメントを寄せてくれました。

田辺聖子さん――僕もファンの一人、3年前お亡くなりになったとき、この「饒舌館長」で追悼の辞を捧げました。その「おまとめ版」をアップしますので、すでに読んだ方はスルーしていただいて結構です。

2022年5月4日水曜日

下川裕治『「おくのほそ道」をたどる旅』14

 

下川さんも岡戸さんも、萩原恭男校注『おくのほそ道』(岩波文庫)からこの一節を引用していますが、B級旅行が好きな僕でも、ご遠慮申し上げたい飯坂の温泉宿ではあります() ちなみに、先にあげた小学館版『日本古典文学全集』<おくのほそ道>の訳注は井本農一先生――国文学研究者であるとともにすぐれた俳人でした。といっても、先生の句集を読んだことはなく、ネットで検索したら絶品の一句に逢着しました。

昼酒や真田さなだの里の青あんず

「饒舌館長」に「純米吟醸 摺上川」をアップしたばかり、しかも昨日は世界に誇るべき憲法をもつ幸せを祝って、昼酒をやっているところでした。下川さんと岡戸さんが呼び寄せてくれた、アルコール・シンクロニシティです()

2022年5月3日火曜日

下川裕治『「おくのほそ道」をたどる旅』13


しかし酒仙館長としては、「飯坂温泉地酒をつくる会」が醸した「純米吟醸 摺上川」の方かな() もっとも新聞で知っただけで、これまた「ラヂウム玉子」と同じようにやったことはないんです。

この旧道は下川さんも気がつかずにスルーしているようですが、飯坂温泉の一節はこれまた下川さんのユーモアが香り立つ「たどる旅」になっています。

当時の記録によると、芭蕉のルートをたどって旅に出た俳人はひとりやふたりではない。芭蕉が世話になった家を訪ねて断られたりしている。飯坂温泉にやってきた人のなかには、

「芭蕉がぼろくそに書いた宿はどこでしょうか」

   などという旅人もいた気がする。 

2022年5月2日月曜日

下川裕治『「おくのほそ道」をたどる旅』12

 


 以前アップしたことがある畏友・岡戸敏幸さんは「饒舌館長」の大ファンだそうです――ちょっとヨイショもあるかな() 下川本『おくのほそ道』へのオマージュも読んでくれたとのこと、先日大学の講義で配った資料「芭蕉の歩いた道 飯坂温泉と『おくのほそ道』」をご笑覧くださいと、お送りいただきました。

実際に芭蕉が歩いた旧道のことが写真とともに紹介されており、それに対する岡戸さんの「月日過客観」も漏らされています。ぜひ皆さんにもお読みいただきたく、岡戸さんのお許しを得てそのまま添付させてもらおうと思ったのですが、どうもうまくいきません。

岡戸さんは飯坂温泉・阿部留商店の銘菓「ラヂウム玉子」を講義のイントロに使っています。そのイメージだけを、全文添付の代わりにアップさせてもらうことにしましょう。食べたことはありませんが、いかにも美味しそうです。

2022年5月1日日曜日

下川裕治『「おくのほそ道」をたどる旅』11

 


 僕にも経験があります。さすがに芸者はありませんが、バブルのころは出版社がカンヅメというのをやってくれました。結構いいホテルに泊めてくれて、そこで朝から晩まで原稿を書くんです。

これ幸いと友だちを呼び、高級ワインを開けてドンチャカやったツワモノ、その前から溜まっていたほかの出版社の原稿を仕上げてチェックアウトしちゃった大先生もいたそうですが……()

こんなのは夢のまた夢、カンヅメ自体がまったくなくなってしまいました。それどころか、最近は無料原稿も少なくないんです。僕はボランティア執筆と呼んでいますが、この種の話になるとつい愚痴っぽくなってしまいます。

  ヤジ「天下の旅行作家・下川裕治の口真似なんかするんじゃない!!


蕪村唐寅試論14

  『今古奇観』というのは明末の短編小説集、抱甕 ほうよう 老人という人が編集したもので、わが国の江戸文学にも大きな影響を与えたそうです。唐寅の話は「唐解元 世を玩 あざむ いて奇を出だすこと」という第 33 話で、荒唐無稽にしてホンマカイナァと思わせる内容ですが、火のないところ...