2021年2月28日日曜日

『國華』蕪村拙稿12

最後に、蕪村にインスピレーションを与えたのは、むしろこちらの方ではないかという意見が強くなっている、中国・明の詩人である李攀龍の七言律詩「宗子相を懐う」です。

  晩秋見送る薊門[けいもん]で 仙人が乗るような船 

この日酒樽開けながら 時の速さを感じてた 

病に臥しても山中にゃ 桂の木々が生い茂り 

君を思えば川面には 梅の花びら散るだろう 

[おおとり]雁が春くれば 手紙を運んで来るけれど 

今夜高殿から見れば 雪家々に降り積もる 

南国呉越の故郷[ふるさと]へ 独りで君は帰ってく 

  異郷に残る薄給の 官吏の俺が不憫だろ 

2021年2月27日土曜日

『國華』蕪村拙稿11

 

次にこれもまた参考にされたと推定されてきた、同じく『江陵詩集』に載る七言律詩「中秋含虚亭の作」です。

  青い葭葦[よしあし]その上に 白露[しらつゆ]降りる江戸の町 

川面に靄が立ち込めて 揺れ動いてる月明り

夜目にも映える高殿は 仏を祭るお寺さん

[しょう][つづみ]の音秋風に 乗り家々に流れてく

涼しくなってこの世界 すべてがまるで水のよう

叢雲[むらくも]去った大空は 隈なき月光ほかになし

残暑も終りこの娑婆は 物寂しい世になったけど

そこにも悟りの道三つ あること論じるまでもなし

2021年2月26日金曜日

『國華』蕪村拙稿10

 

まず初めは、先にアップしたように、これまで蕪村が「夜色楼台雪万家」という題詩を思いついたもともとの詩と考えられてきた、詩僧・万庵原資の『江陵詩集』に採られる七言絶句「東山に遊びて花落を詠ず」です。

お寺に東風吹いてきて 五色の霞棚引けり 

春の光は物憂げで 夕日傾き黄昏[たそがれ]る 

桜は千本満開で 雲間にそびえる壁のよう 

湖上の高殿から見れば 屋根に積もった花は雪

2021年2月25日木曜日

『國華』蕪村拙稿9

 

中野先生のおっしゃるとおりだと思います。若い研究者から、僕もこれまでずいぶん批判を浴びてきました。光琳論はEさんから、大雅論はHさんから、蕪村論はYさんから、芦雪論はOさんから……。

しかしこれは、僕が措定した問題点やマイアイディアが、正しかったことを物語るものにほかなりません!! もっとも、中野先生とちがって、僕の場合は居直りのように聞こえてしまうかもしれませんが() 正論か居直りかは不問に付すとして、これらの若い研究者も、皆さんあまり若くなくなってしまったようです――これまた失礼いたしました(!?)

拙論「蕪村横物三部作試論」では、『國華』にもかかわらず、またまた漢詩戯訳を載っけてしまいました。もっとも、気の弱い僕はそれを本文に加える勇気もなく、目立たないようこそっと註へ紛れ込ませるのが精一杯でした() 


2021年2月24日水曜日

静嘉堂文庫美術館「岩﨑家のお雛さま」3

ほとんど最後のお仕事だったと思います。これを改めてお聞きしたいと思った饒舌館長の望みは、このたびご遺族と事務所の方々によってかなえられました。なんとお礼を申し上げたらよいのでしょうか。というわけで、いまは亡き八千草薫さんが、やさしく耳元で語り掛けながら、岩﨑家のお雛さまを解説してくれるんです!!

今回はお雛さまに加えて、「春らんまんの美術」と題し、お雛さまの季節にふさわしい絵画や焼き物も見ていただこうと思います。こちらのオーディオガイドは、かつてアップした静岡県立美術館「幕末狩野派展」でも、すばらしいガイドをつとめた人気声優の井上悟さんです。

 僕のおしゃべりトークは、327日(土11:00から、演題は「京の都の春の情 饒舌館長口演す」です。「江戸のエナジー」展口演が、コロナ禍のためキャンセルになったので、フラストが溜まりに溜まっています(!?) しばらくぶりの饒舌にご期待あれ!! 

2021年2月23日火曜日

静嘉堂文庫美術館「岩﨑家のお雛さま」2

一昨年の春、「桐村喜世美氏所蔵品受贈記念 岩﨑家のお雛さまと御所人形」を開催いたしました。人形愛好家として有名な福知山の桐村さんが収集した、岩﨑家旧蔵のお雛さまを一括ご寄贈くださったので、これを記念する展覧会でした。

すごい人気展となりましたから、見ていただいた方もたくさんいらっしゃることでしょう。もちろん「饒舌館長」にもアップいたしました。この企画展に合わせ、八千草薫さんにお願いしてオーディオガイドを作ろうということになったのでした。

お近くにお住いの八千草さんは、大の静嘉堂ファンで、ときどきそっと訪れて展示を楽しんでくださっていたからです。すでに八千草さんは少し体調をくずしていらっしゃったようですが、静嘉堂のためなら……と、喜んでお引き受けくださいました。


2021年2月22日月曜日

静嘉堂文庫美術館「岩﨑家のお雛さま」1

 


静嘉堂文庫美術館「岩﨑家のお雛さま」<328日まで>

 一昨日の20日(土)いよいよオープンの運びとなりました。10時の開館時間にはもうお並びいただくほどの人気ぶりです❣❣❣ もちろんコロナ対策も十全です。 

静嘉堂文庫美術館の至宝ともいうべき、岩﨑小彌太ご夫妻旧蔵お雛さまをじっくりと鑑賞していただきたいと存じます。見れば見るほどすばらしく、かわいらしく、気品にあふれています。それもそのはず、名手とうたわれた人形師5世大木平蔵が心血を注いで、しかも金に糸目をつけず作った昭和初期の絶品なんです。しかもお顔は、これまた名手の誉れ高かった面庄こと12世面屋庄次郎、絶のピンでないはずはありません。

もう一つのおススメは、オーディオガイドです。かの名女優にして美人女優であった八千草薫さんがつとめてくださっているからです。一昨年秋お亡くなりになったはずの八千草さんがどうして? 

2021年2月21日日曜日

『國華』蕪村拙稿8

 


僕の独断と偏見を、こんなにも真摯に、間髪を入れず読んでくれた人がいたのです。研究者冥利に尽きるとはこのことだと思わずにいられませんでした。佐藤さんありがとう❣❣❣ 自分のことを振り返ってみると、還暦を過ぎたあたりから、他人の論文をこのように心を籠めて読んだことなど、絶えてなかったような気がします。

そもそも批判が寄せられるというのは、研究者にとってうれしいことであり、名誉なことなんです。尊敬する仏教美術研究者であった中野玄三先生も、著書『日本仏教美術史研究 続』のあとがきに、そのことをお書きになっています。中野先生が発表した論文に対し、若い研究者から多くの批判が寄せられたそうですが、それは先生の問題意識や着想が間違っていなかったことを証明しているというのです。

2021年2月20日土曜日

『國華』蕪村拙稿7

 


蕪村の先生である服部南郭のさらに先生にあたる荻生徂徠は、中国の古典や詩は中国語で――当時の言葉でいえば唐音で読まなければ、つまり読み下しなんかじゃ~真の理解や鑑賞には到達しないと主張し、それを実践するとともに弟子にも勧めました。

徂徠先生の主張に一理あるとはいえ、僕が「峨眉山月歌」を中国語で暗唱できるようにしたのは、それに賛同したためではありません。僕の場合は、口演で「峨嵋露頂図巻」を取り上げる際、中国語で「ウォーメイシャンユエパンリンチュー……」と暗唱をやったあと、「大抵ここで拍手が起こるもんなんですが……」といって場を盛り上げるためなんです(!?

さらにうれしかったのは、すぐに小林忠さんと佐藤康宏さんから批評と教示をいただいたことでした。もちろん佐藤さんのはきわめて厳密な批評です――いや、厳密にいえば批判というべきかもしれませんが……()


2021年2月19日金曜日

『國華』蕪村拙稿6

 

 以上が拙論の趣旨ですが、もう一つの横物三部作である「富岳列松図」については、またまた許された枚数を大幅に越えてしまったため、後考に俟つことにしました。しかし先日、渡辺南岳筆「玄宗楊貴妃一笛双弄図」(静嘉堂文庫美術館蔵)をアップしたときも書きましたが、「後考に俟つ」というのは、「これから先おそらく何もやらないだろう」と同じ意味なんです(!?)

 過日、國華社に出勤した日に、出来たてホヤホヤの1503号を受け取り、帰宅してページを繰りながら、そして李白の「峨眉山月歌」を中国語で暗唱しながらやった一杯の格別においしかったこと!! 


2021年2月18日木曜日

『國華』蕪村拙稿5

ここで大変興味深いのは、燕京(北京)八景の一つに「西山積雪」があることですが、蕪村がこれを実際に見ることはもちろんかないませんでした。李攀龍の詩から霊感を得て、雪が降り積む中国の山並みを、北京の家並みを描こうとしても、具体的なイメージは慣れ親しんだ日本から、住み慣れた京都から選ばざるをえません。こうして「夜色楼台図」は中国と日本のダブルイメージとなったのです。

それは峨眉山と妙義山が蕪村の視覚のなかで、同じ山として認識されたのとまったく同じではありませんか。「峨嵋露頂図巻」と軌を一にして、「夜色楼台図」は中国でもありまた日本でもあったことになります。李攀龍の詩が発見されたことによって、この作品の中国的心象は強まりましたが、それはまた逆に日本の京都を際立たせ、重層的な作品構造を具体的に考察する道を開いてくれたともいえると思います。

 

2021年2月17日水曜日

『國華』蕪村拙稿4

 

 それまで巻頭のタイトルは、服部南郭が親しくしていた詩僧・万庵原資の『江陵詩集』から「夜色楼台」と「雪万家」を採って寄せ集めたものとされてきました。しかし「夜色楼台雪万家」という詩句がそのまま李攀龍にあるとすれば、蕪村はこれによったと考える方が自然でしょう。

ところで、静嘉堂文庫には『七才子詩集』という小型本が所蔵されており、元文元年(1736)の年記があります。ここで注目されるのは、序文の筆者が服部南郭と万庵原資という点です。この事実を考えれば、蕪村が李攀龍の詩に触れて霊感を得たのは、『七才詩集註解』ではなく、じつは『七才子詩集』だったと推定されるのです。

蕪村が北京を舞台とする李攀龍の詩によったとなれば、まず蕪村がイメージしたのは北京だったことになります。そう思って「夜色楼台図」をながめると、もうこれは完全に中国の街並みですが、李攀龍の詩を考えれば当然のことでした。

2021年2月16日火曜日

『國華』蕪村拙稿3


  最近、内山かおるさんが発表した論文はきわめて興味深く感じられます。蕪村が仰角で見た山の姿をそのまま描いた可能性に着眼し、実際に蕪村が目にした峨々たる山として妙義山を措定したのです。

蕪村の「峨嵋露頂図巻」は峨眉山や「峨眉山月歌」の詩意を描くと見えながら、実は日本の山である妙義山を描いている作品であるとしたのです。それがインスピレーションとなったと考えた方が、蕪村にふさわしいような気もしますが、この妙義山説によって、李白詩がもつ触媒としての意味は、かえって強まったように思われます。

「夜色楼台図」についても、十数年前重要な発見がありました。明代の詩人7人のアンソロジーに註解を加えた『七才詩集註解』があります。その和刻本に載る李攀龍の七言律詩「宗子相を懐う」に、「夜色楼台雪万家」という一句があり、蕪村はこれをそのまま巻頭に使って「夜色楼台図」を描いたのではないかという指摘でした。

2021年2月15日月曜日

『國華』蕪村拙稿2

安永7(1778)に始まる謝寅落款時代こそ、蕪村が独自の絵画世界を構築した時代です。早熟の天才池大雅に対して、晩成の天才蕪村を象徴するものこそ謝寅時代でした。その謝寅時代を代表するのは、いわゆる横物三部作です。つまり「峨嵋露頂図巻」および「夜色楼台図」、「富嶽列松図」です。蕪村がこの横物三部作を連作のような気持ちで制作したことは、疑いなきことのように思われます。

「峨嵋露頂図巻」の主題が、有名な李白の七言絶句「峨眉山月歌」から採られていることは、周知の事実です。蕪村はこれを『唐詩選』によったとみてよいでしょう。『唐詩選』を最も賞揚した詩人こそ、蕪村が学んだ服部南郭でした。


 

2021年2月14日日曜日

『國華』蕪村拙稿1

拙稿「蕪村横物三部作試論」(『國華』1503号)

 「饒舌館長」でも予告させてもらっていた拙稿「蕪村横物三部作試論」が、ようやく活字になりました。一応脚注もついた論文としては、2015年、『國華』1433号に寄稿した「行路の画家蕪村――その旅立ち」以来6年ぶり、ずいぶん時間がかかってしまいました。この間、解説やエッセーは結構書きましたし、「饒舌館長」にはほとんど毎日エントリーしているわけですが、論文と呼べるものは一つもありませんでした。

お恥ずかしい限りですが、やはり寄る年波で筆力が落ちているようです。いや、寄る年波で、飲んだ後すぐ寝ちゃうからかな() それはともかく、すでに「饒舌館長」にもアップしたことがある与謝蕪村の「峨嵋露頂図巻」(東京黎明アートルーム蔵)と「夜色楼台図」(個人蔵)を取り上げて、私見を述べることができたのは欣快の至りでした。

ヤジ「また独断と偏見、妄想と暴走なんだろう!!

おっしゃるとおりで申し訳ありませんが、だいたい次のようなことを開陳いたしました。 

2021年2月13日土曜日

小川敦生『美術の経済』12

 最後に、小川さんオススメの美術鑑賞法を紹介しましょう。これは誰にでも出来て、きわめて簡単であり、美術がグッと親しみやすいものになるという、魔法のような鑑賞法です。そんな鑑賞法が本当に存在するのか?と疑問にお思いになるかもしれません。しかしそれがあるんです!! 小川さんによれば……。

ここで一つお勧めしたい国公立美術館コレクションの見方がある。国立館や居住地の公立館の所蔵作品を、「この絵は俺の金で買ったんだよね」と思いながら眺めるのだ。……自分の大切なお金で買ったと思いながら眺めていると、不思議と身近に感じられるようになるものである。

 僕も同じようなことを、秋田県立近代美術館のディレクターをやっていたころ、館長講座や生涯学習センター講座でよくしゃべっていました。

「皆さん、この秋田県立近代美術館のコレクションは、基本的に県民の方々の尊い税金で購入したものです。つまり所有権は皆さんにあるんです。秋田県立近代美術館は、それをただお預かりしているにすぎません!!

 

 

2021年2月12日金曜日

小川敦生『美術の経済』11

 

しかし、もし彼らがノリで「無題」を落札したのであったら、それは株と同じで、投資もしくは投機であり、現代のノブレス・オブリージュであるべき超富裕層の堕落だと思います。また落札者が美術館の場合は、館長や所有団体の自己陶酔だと考えれば、超富裕層の自己陶酔と大して変わらないことになります。

ところで、小川さんの『美術の経済』では、「無題」の写真の脇に172.7×228.6センチと大きさも書かれています。これで計算すると、面積は3.947922㎡となりますから、1㎡あたり22369954円となります。ネットで銀座4丁目の2020年公示地価を調べると、1㎡3100万円ですから、トゥオンブリーの「無題」はその70倍以上、改めてものすごく高価であることが理解されるのです。

ヤジ「高尚なるトゥオンブリー芸術を、転がしの対称になるような土地と比較したりするな!!


2021年2月11日木曜日

小川敦生『美術の経済』10

言うまでもありませんが、自己満足や自己陶酔を揶揄したりあざ笑ったりしようとするのではありません。人間の歴史と文化と芸術は、すべからく自己満足や自己陶酔によって形成されてきたといっても、過言じゃ~ないと思います。これを経済学的にみても、すばらしい行為ではないでしょうか。どこかに貯めこまれていた87億円が、「落書き」と引きかえに世の中に放出され、人々を潤すのです。一種のトリクルダウンかもしれません。

「金は天下の回り物」とは、こういうことをいうのでしょう。同じことが、ニコラス・ブレトンという人の『諺横断』には、「金持ちの慢心が、貧乏人の富をつくる」とあるそうですが、「無題」を落札したのは金持ちの慢心ではなく、自己陶酔に浸るため――ありていにいえば自己満足を得るためだったというのが私見なのですが……。


2021年2月10日水曜日

小川敦生『美術の経済』9

その中には、「無題」の所有者以上にお金や株、あるいは不動産を所有している人がいたにちがいありません。しかしそれらは、どんなに巨額であっても、人間が創造した叡智と感性の結晶ともいうべき文化でもなく、芸術でもありません。もっとも、超富裕層の間では、財産の額など問題にも話題にもならないのかもしれませんが……。

文化以外の富を多く蓄えている人々の中にあって、自分だけは高尚なる芸術という富を所有することにより、一段高いステージ立つことが可能になるのです。これこそ最高の自己陶酔でしょう。

こういうことをやりたくってもできない我々は、そんなのお披露目でも自己陶酔でもなく、単なる自己誇示ではないかと考えたくもなりますが、そもそも所有者や超富裕層は、我々のことなんて相手にしていないでしょう。

 

2021年2月9日火曜日

小川敦生『美術の経済』8

小川さんが指摘するとおり、「オークションではたいていの場合、誰が売り、誰が買ったかについては明かにされない」のであって、この「無題」も例外ではなかったのでしょう。しかしそこに呼ばれた人たちは、みんな知っているのです。新しい所有者は何も言う必要がないのです。

このとき重要なのは、それが絵画であった、人類の発生とともに生れた悠久の歴史をほこる視覚芸術であったという点です。金の延べ棒や株券や土地の証文ではなかったという点です。所有者が何も言わなくても、「この所有者は高尚なる芸術の何たるかをよく理解しておられるのだ」と、「無題」自体が集まった人々に語りかけてくれるのです。「無題」の陰から、トゥオンブリーが語りかけてくれるのだと思います。

 

2021年2月8日月曜日

小川敦生『美術の経済』7

『広辞苑』に「自己満足」を引くと、「自分自身または自分の行為にみずから満足すること」とあります。まさにこれだと思いますが、絵画芸術である「無題」の所有については、もう少しソフィストケートして、「自己陶酔」といった方がよいかもしれません。自分自身または自分の行為にみずから陶酔するのです。

しかしそのとき、もし相手がいれば陶酔はさらに心地よいものになるのではないでしょうか。その相手とは、みずからが属する超富裕層のごく親しい友人や知人にちがいありません。ごく限られた人数の小さなディナーパーティーを開いて、そっとお披露目をする――そのとき新しく所有者となった人は、誇らしい気持ちになり、得もいわれぬ陶酔感に浸ることになります。

 

2021年2月7日日曜日

小川敦生『美術の経済』6

もしこの解釈をトゥオンブリーに当てはめることができるならば、「無題」は「落書きのような作品」じゃ~なく、「落書き」そのものであり、そこに価値があるのだということになります。小川さんも、「純粋性の追究は、哲学に近いことを絵画でやっており、大きな意義がある。だからこそ、価値がある(と筆者は強く思う)のである」と書いています。

 しかし小川さんによると、それだけで必要十分条件を満たしているわけではありません。つまり「作品が特性を理解され、評価され、必要な人々の間に広まり、経済力を持った人々に活動を起こさせるといったことがあってこその、87億円なのである」。じつに正鵠を射る指摘ですが、饒舌館長は人間が必ず有する「自己満足」という感情も考えてみたいのです。 

2021年2月6日土曜日

コロナ短歌9

  言論の次は武漢を封じ込め

  妻が言うやはり近場の温泉で

  認定を聞くまでもなくそう思い

  集うこと許さぬ星に成り果てぬ

  看取りさえ叶わぬことを見せられる

  丸投げを断腸と言う能天気

  追悼の番組なのに爆笑し

  瀬戸際と言って検査もしない国

  人の目が監視カメラになる世かな

  いまさらに手はあれこれとよく触り

 

2021年2月5日金曜日

コロナ短歌8


  

  家呑みとライン呑み会ばかりなり人も誘えず一人居酒屋

 いったい誰の詠歌かって? ご存知!!浅野秀剛さんですよ!! 令和3年年賀状の「歳暮恒例狂歌 新型ウィルス編」3首のうちの1首です。歳暮詠のようですが、年賀状ですから、2021コロナ酒短歌に選ばれる資格を満たしているといってよいでしょう。もっとも「狂歌」と謙遜していらっしゃいますし、「番外地」の方の候補かな(!?) 

 コロナは短歌や俳句だけじゃ~なく、もちろん川柳にとっても格好のテーマです。先の特集記事と同じころ出た西木空人さんの「令和落首考 2020年前半」を見てみましょう。

「朝日川柳」にはじめてコロナ関連句が登場したのは、122日の「おかしいと言われて増える感染者」だったとのことです。翌日、「来るなとも言えずにそっとマスクする」という「いま思えば純情な2句目」が載ったそうですが、たった1年前のことだったんですね。ふたたび緊急事態宣言が出されたいま見れば、その後載った句もみんな純情で、当たり前のようにも思えてきます。

2021年2月4日木曜日

コロナ短歌7

 

たしかにそれも愉快ですが、異なる解釈もアリでしょうか。「NHK大河ドラマの『麒麟がくる』もコロナ禍のため一時休止になっちゃって、来るはずの麒麟が来なくなっちゃったなぁ」と嘆いた大河ファンの夫に対して、奥さんが「でもアサヒがあるんだから、大河ドラマのことでそんなに嘆かなくたっていいんじゃない?」と、ユーモラスにご主人をなぐさめたとも考えられるかな?

つまり、奥さんはオッチョコチョイどころか、おおらかな肝っ玉母さんといった感じで、そんなご夫婦がみせた、ほほえましいワンシーンという解釈はどうでしょうか。 しかし馬場さんの解釈の方が、やはり番外地風でおもしろいかな?

さて、饒舌館長か選ぶ2021コロナ酒短歌の第一席候補は、何といっても次の一首です。

家呑みとライン呑み会ばかりなり人も誘えず一人居酒屋


2021年2月3日水曜日

コロナ短歌6

 先の高野公彦さんの一首「コロナ禍で消えた無数の灯の一つ神保町の飲み屋<酔[]の助>」は、その劈頭を飾るべき名吟でしょう。恥ずかしながら「酔の助」を知らなかったのですが……。先の特集記事には、「パソコンの前の飲み会『おいしいよこれ食べてみて』と言えないのがな」というコロナ酒短歌も採られています。

しかし2020コロナ酒短歌の第一席は、「コロナ禍で麒麟は来ないと呟[つぶや]けばアサヒあるよと妻は言いたり」でキマリだと思います。もっとも、このコロナ酒短歌は馬場あき子さんが担当した「朝日歌壇番外地」編で選ばれた迷吟なんですが……。<迷吟>なんて、投稿した及川和雄さん、失礼いたしました!! 馬場さんは、「麒麟をビールと勘違いした奥さんが、アサヒビールがあるというのが何とも愉快だ」と解釈されています。

 

2021年2月2日火曜日

https://plaza.rakuten.co.jp/tabikono/diary/201602210001/

    

 先日アップした「追悼 清水義明先生」の写真に写っているIVYボタンダウン・シャツについて、あるFBフレンドからオマージュが寄せられました。これはブルックスブラザーズにちがいないと思います。かつて「K11111のブログ」に、ブルックスブラザーズについて書いたことがありますので、そのURLをアップいたします。ご笑覧のほどを……。

コロナ短歌5


  さて、饒舌館長が選ぶ朝日歌壇コロナ短歌ベストスリーはつぎのとおりです。しかし投稿者のお名前はノートしてなかったので、失礼の段、どうぞお許しください。

  カラオケも演奏会も中止とて背なを丸めてひとり酒酌む

  新型のコロナにかかってたまるかと五千歩歩き旨酒を飲む

  栄螺[さざえ]焼き伊勢志摩限定ビール飲むコロナが地元を見直せという

 な~んだ!! コロナ短歌じゃ~なく、みんな酔っ払い短歌じゃないかという声が聞こえてきそうですが、酒仙館長の名に免じて、これまたどうぞお許しください。このような歌のために、コロナ酒短歌という部立というか、新ジャンルを作ったらいかがでしょうか(!?)

2021年2月1日月曜日

コロナ短歌4

 この記事をまとめた佐々波幸子さんは、「<取材考記>巣ごもりで増えた投稿 コロナ詠に思う新聞歌壇の役割」という後記も書いています。それによると、週に約2500通届いていた歌壇への投稿は、「巣ごもり」の時期を経て2800通余に増えたそうです。

さきの選者4人の方のご苦労は、「撰者らは『三つの密』を避けながら数千の歌いかに捌くか」という一首によく象徴されています。事実、選者4人が2週間に1度、東京本社で開いていた選歌会は4月から休会となり、代わりにはがきを選者宅に届け、選歌を終えたら次の人へとまわすリレー方式で、各選者がすべての投稿に目を通して選ぶ「共選」スタイルを維持しているそうです。キョウビ実に大変なことだと、頭が下がります。

初代選者に石川啄木を据えて朝日歌壇が始まったのは1910年だそうです。それ以来の「歴史書に載らない生活者の声を残し、時代を映す」という、新聞歌壇の役割を改めてかみしめている佐々波さんの取材後記です。

 

遠藤湖舟・日々是美的3

  この記事を書いていた日の『朝日新聞』夕刊に、「5分間の奇跡 ダブルレインボー」と題して、山本一朗さんという方の第 37 回「日本の自然」写真コンテストの入選作が掲載されていました。これは奈良の里山にかかったダブルレインボーだそうですが、「朝虹」を拝見した日のシンクロニシティで...