100万アクセスを突破しました❣❣❣皆さんありがとうございました❣❣❣

2026年7月31日金曜日

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!7

このような諦観を内に秘めた写真作家も、それを作品に表出しようと試みる写真作家も、杉本さんのほかに存在しません。一般的に写真家は、現世肯定的であり、オプティミストであり、未来志向なのではないでしょうか。その典型が商業写真家です。そうでなければ商業写真など撮っていられないでしょう。

はじめ商業写真家から出発した杉本さんが、間もなく芸術写真作家に<転向>したのは、当然のことだったように思われます。諦観を内在させているという意味で、杉本さん自身が絶滅危惧種であり、その創造物が絶滅写真なんです。「絶滅写真作家」とお呼びしたくなるではありませんか。

展覧会名「絶滅写真」は、杉本さん自身と同じくきわめて重層的なタイトルであり、杉本銀塩写真だけでなく、現代の写真を象徴するタイトルのごとく思われてくるのです。これまた独断と偏見かな( ´艸`)


2026年7月30日木曜日

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!6

 

 

 杉本さんにはホモサピエンスが絶滅に向って進化しているという、深い読みがあります。いや、深い諦観があります。杉本さんは「太陽系が生まれて45億年という時間を1年に例えると、人類の文明時代1万年は、除夜の鐘がなる頃だ。……我々の文明も悠久の時間軸の中で、淀みに浮かぶうたかただ。メソポタミアもギリシャも、結んでは消えていった」と冷徹に述べています。


江之浦測候所建設の備忘録ともいうべき『江之浦奇譚』(岩波書店 2020年)には、「私はエジプト古代王朝を想い、ローマ帝国やインカ帝国の滅亡をも想う時、近代文明も御破算で願うという選択肢もあり得るのかとも思う。しかし誰が選択するのだろう。それは『神の見えざる手』だと思えた時もあった。しかし、今、神は、神自らが、自らの手が見えないという、新しい局面に戸惑っている」とありますもうこれはニーチェだといってもよいでしょうこの諦観を視覚化したのが絶滅写真なのではないでしょうか。

2026年7月29日水曜日

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!5

 


 展覧会タイトルの「絶滅写真」は、杉本さんが愛して止まない銀塩写真が、いまや絶滅の危機に瀕している技法であるところから名づけられました。展覧会趣旨にあるとおりですが、さらにさまざまな意味を読み込みたい誘惑に駆られます。

銀塩写真が絶滅危惧種であることは事実ですが、写真そのものが絶滅の危機に瀕しているのではないでしょうか。スーザン・ソンダクの「現代においてすべての物は写真に撮られるために存在する」というのは、よく知られた名言です。

しかしその後デジタル写真が発明され、異常に進化しました。ソンダクの名言は、インスタグラムの予言として改めて脚光を浴びることになったわけですが、デジタルカメラで雨あられのごとく写され、一瞬で完全に消滅する可能性もあるイメージは、もう写真ではなくなっている――と僕は思います。少なくともソンダクがいう「写真」ではなくなっています。それは文字どおり絶滅の危機に瀕した写真――絶滅写真です。

2026年7月28日火曜日

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!4

 

 
 これも私の嫌いな言葉なのだが、どうやら私は総合芸術とやらを標榜しているようだ。と思った瞬間、いや違うと内なる声が聞こえる。むしろ分散芸術の各メニューが居酒屋の壁にぶら下がっている、といった感じだろうか。冷奴もあれば、モツ煮もあるし焼き鳥もある。皆美味しく作られている。舞台、建築、彫刻、写真、料理、書。全てに共通して流れる私の通奏低音とは何だろうかと今になってふと思う。そしてそれは私の体内に流れる「空間感」なのではないかと思うようになった。「空間感」とはバランスの感覚だ。平面も立体も、音の強弱も、色の濃淡も、料理の味付けも、すべてこれでなければ「いやだ」という強い意志と意識を私は持っているようだ。

2026年7月27日月曜日

追悼 山田五郎さん4


琳派とグスタフ・クリムトの関係について、スライドを使いながら分かりやすく説きつつ、「古典」の重要性を指摘する山田五郎さんに、改めてオマージュを捧げたい気持ちになりました。ところが、その講演タイトルは「冷酒ひやざけと古典は後で効く」――さすがにうまいのを考え出されるなぁと感を深くしたことを思い出します。


その後、僕が静嘉堂文庫美術館の仕事をするようになってからも、山田さんには大変お世話になりました。世田谷岡本館で開催した「超日本刀入門」展、静嘉堂@丸の内開館記念展「響きあう名宝」を、「ぶらぶら美術・博物館」で取り上げていただいたからです。

 お陰で両者とも大成功のうちに幕を閉じました。「ぶら美の方が日美より効果あり」という業界人もいますが、なるほどと腑に落ちたことでした。山田五郎さん、長きにわたりありがとうございました。安らかにお眠りください。                      合掌                                                          

2026年7月26日日曜日

追悼 山田五郎さん3

  


 山田五郎さんは第3グループのトップランナーでした。いつも輝いていました。みんなの敬愛と憧憬を集めて止むことがありませんでした山田さんがプロデューサーとコメンテーターをつとめる「ぶらぶら美術・博物館」は時々視聴させてもらっていましたが、はじめて山田さんにお会いしたのは、2015年11月1日「古典の日」でした。

僕も呼びかけ人の一人になった「琳派400年記念祭」をことほぐ「古典の日フォーラム2015」が、この日、国立京都国際会館で開かれました。僕はパネルディスカッション「琳派とジャポニスム」のコーディネーターをつとめることになりましたが、これに先立つキーノートスピーチを山田さんにお願いしたのです。

2026年7月25日土曜日

追悼 山田五郎さん2

  


 第2は、学芸員と総称される人たちです。みずからは「学芸員とは雑芸員なり」などと卑下自嘲する人もいますが、こちらは実際の作品を相手にして、魅力的な展覧会を組み立てるのが仕事です。発表する論文や解説もたいてい作品に即していて具体的です。持論である美術館5G説のトップに位置するのが「GAKUGEIIN」です。

第3はプロデューサー、コーディネーター、コメンテーター、エディター、エッセイスト、ライター、ブロガー、ユーチューバーなどで、なぜかカタカナばかりになります(!?) もう一つカタカナを加えれば、エンターテーナー的要素が求められるということになります。


第3グループは美術の魅力をより多くのファンに伝え広めるのが仕事です。1や第2を兼ねる人も少なくありません。この3グループが、現在の美術人気を根底で支えているです。とくに第3グループの役割は大きく、第1、第2だけだったら、現在の活況隆盛はあり得なかったでしょう。

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!7

このような諦観を内に秘めた写真作家も、それを作品に表出しようと試みる写真作家も、杉本さんのほかに存在しません。一般的に写真家は、現世肯定的であり、オプティミストであり、未来志向なのではないでしょうか。その典型が商業写真家です。そうでなければ商業写真など撮っていられないでしょう。 ...