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2026年8月5日水曜日

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!12

  

 私はこうして父親から受け継いだ落語のサゲを継承しつつも、そこに西行的虚無感と一休的頓知を加味して、現代美術のコンセプチュアルアートへと展開していった、といった現在の自己分析としておこう。自伝などというものはすべて後の祭りなのだ。これは評論家諸氏への私のリップサービスだ。

 杉本さんの「饒舌」ともいうべき自己分析は、みんな饒舌館長を含めた評論家へのリップサービスだったです。この軽みがすごくいい!! 今や大芸術家でありながら、尊大に構えることを潔しとしないユーモアに惹かれるのです


もっとも先の「ジオラマ」解釈にトクトクとしていた僕は、みごとハシゴをはずされたのでした( ´艸`) ハシゴははずされましたが、性懲りもなく「劇場」と「海景」について、日本美術とはシンプリシティーという持論にのっとって妄想と暴走をやるつもりでした


*上掲の会場写真は、饒舌館長ブログファン(?)讃岐博行さんの撮影です。とてもいい写真なので、お許しを得て使わせていただくことにしました。



2026年8月4日火曜日

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!11



 つまり杉本さんは脳細胞を働かせて、「ジオラマ」シリーズをこねくり出したわけじゃなかったのです。実のなかに虚を見てしまうという性癖を、杉本さんは生まれつき有していたです。それがでっかちの現代写真と一線を画す決定的理由でしょう。

 

杉本さんは「離人症」だといっていますが、これは『広辞苑』にも載っている言葉です。人格感喪失とも有感情喪失ともいわれる精神状態を指しています。しかしそこに、近松門左衛門以来のDNAが作用していたと見ることも不可能ではないでしょう。このような僕の「ジオラマ」分析は結構正鵠を射ているじゃないかなと思って「劇場」の章を読むと、杉本さんは最後をつぎのように〆ています。


2026年8月3日月曜日

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!10

  


 このような虚実皮膜の間にある写真によって、虚実皮膜の間にあるジオラマを写せば、それは虚実皮膜の間の二乗になります(!?) 本展第1章の「虚像を実像として提示するというコンセプト」というタイトルを、はるかに超えちゃっているように感じられます。

杉本さんの「ジオラマ」シリーズは、[虚実皮膜の間]もっとも完璧に視覚化した作品であり、近松演劇論の具体化、あるいはそれに悪乗りした杉本ワールドであったように思われるのです。しかしそれを巧んだわけではありませんでした。杉本さんはつぎのように告白しています。


 私には子供の頃からの性癖というかおかしな感覚があった。それは存在の希薄化とでも言うべきもので、私の見ているこの世界が本当に実在するのだろうか、というリアリティへの不信感だった。精神疾患として捉えると「離人症」と言われるらしい。

2026年8月2日日曜日

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!9

  

 杉本さんのデビュー作「ジオラマ」シリーズを観ていると、あまりにも有名な、近松門左衛門が演劇の理想を指摘した「虚実皮膜まく(ひにく)の間」という言葉が浮かんできました。ジオラマは現実を再現した視覚装置でありながら、現実の世界ではありません。科学的研究に依拠している場合でも、ほとんどが空想――虚であるといっても過言ではありません。虚実皮膜の間にある「見世物」です。 

写真がカメラを用い現実を写し取った記録であることは、改めていうまでもありません。しかしそれが決して現実の忠実な再現ではなく、撮影者の意識や観念、つまり虚を反映させることも可能であることは、早くから指摘されてしました。しかも今や、写真によって完璧な虚、はやり言葉でいえばフェイクを作り出すことも容易くできるようになってしまいました。

2026年8月1日土曜日

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!8

 

 杉本さんの写真以外のお仕事をほとんど知らないです。もっとも料理については、『趣味と芸術――謎の割烹 味占郷』(ハースト婦人画報社 2015年)を拝見して、感を深くしたことがありました。 


杉本さんの手になるお料理は、どれもこれもじつに旨そうなです。〆だけを取り上げても、とろろご飯+ふわふわ玉子汁、まぐろご飯、乾山に月見うどん――うーん、もう堪りません。その前にゲストの方々が一杯やっていることは、改めていうまでもありません。


割烹料理人杉本博司さんの面目躍如たるものがあります。しかも割烹着を着た杉本さんは、うつむいて料理をこしらえるところや、あるいは後姿をソフトフォーカスでちょっと見せるだけ――じつにしゃれているです。


林屋晴三先生や細見良行さんなど、よく存じ上げている方も登場して、ヴィジュアルにしてとても楽しい一冊でした。とはいえ、杉本さんは僕にとってやはり写真作家ですね。

2026年7月31日金曜日

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!7

このような諦観を内に秘めた写真作家も、それを作品に表出しようと試みる写真作家も、杉本さんのほかに存在しません。一般的に写真家は、現世肯定的であり、オプティミストであり、未来志向なのではないでしょうか。その典型が商業写真家です。そうでなければ商業写真など撮っていられないでしょう。

はじめ商業写真家から出発した杉本さんが、間もなく芸術写真作家に<転向>したのは、当然のことだったように思われます。諦観を内在させているという意味で、杉本さん自身が絶滅危惧種であり、その創造物が絶滅写真なんです。「絶滅写真作家」とお呼びしたくなるではありませんか。

展覧会名「絶滅写真」は、杉本さん自身と同じくきわめて重層的なタイトルであり、杉本銀塩写真だけでなく、現代の写真を象徴するタイトルのごとく思われてくるのです。これまた独断と偏見かな( ´艸`)


2026年7月30日木曜日

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!6

 

 

 杉本さんにはホモサピエンスが絶滅に向って進化しているという、深い読みがあります。いや、深い諦観があります。杉本さんは「太陽系が生まれて45億年という時間を1年に例えると、人類の文明時代1万年は、除夜の鐘がなる頃だ。……我々の文明も悠久の時間軸の中で、淀みに浮かぶうたかただ。メソポタミアもギリシャも、結んでは消えていった」と冷徹に述べています。


江之浦測候所建設の備忘録ともいうべき『江之浦奇譚』(岩波書店 2020年)には、「私はエジプト古代王朝を想い、ローマ帝国やインカ帝国の滅亡をも想う時、近代文明も御破算で願うという選択肢もあり得るのかとも思う。しかし誰が選択するのだろう。それは『神の見えざる手』だと思えた時もあった。しかし、今、神は、神自らが、自らの手が見えないという、新しい局面に戸惑っている」とありますもうこれはニーチェだといってもよいでしょうこの諦観を視覚化したのが絶滅写真なのではないでしょうか。

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!12

     私はこうして父親から受け継いだ落語のサゲを継承しつつも、そこに西行的虚無感と一休的頓知を加味して、現代美術のコンセプチュアルアートへと展開していった、といった現在の自己分析としておこう。自伝などというものはすべて後の祭りなのだ。これは評論家諸氏への私のリップサービスだ。...