服部南郭「児の愛する所の猫死す」
長年わが子になついてた
子は焼いていたキミの世話
少ないおやつを分けてやり
眠るキミ見て安堵した
深き愛ゆえ夢に見て
恩ゆえ埋めるの哀しいと……
だが心配はまたネズミ
傍若無人に今夜から……
祝 100万アクセス突破❣❣❣
服部南郭「児の愛する所の猫死す」
長年わが子になついてた
子は焼いていたキミの世話
少ないおやつを分けてやり
眠るキミ見て安堵した
深き愛ゆえ夢に見て
恩ゆえ埋めるの哀しいと……
だが心配はまたネズミ
傍若無人に今夜から……
もっともこの「小虎」は駄猫で、山陽の門人・関藤藤陰の「猫説」には、「既にして数旬の間、鼠を捕へしことわずかに一のみ」とあるそうです。しかし「一日、隣婦、門に呼ばばつていふ、君が家の猫、群犬にかまれ、余等赴き援けしときは、すでに死に瀕して気息喘然たりと。これを暖処に寝ねしめて、これに薬せしも、遂に死せり」と書かれていますから、最後は可愛そうな死に方をした猫だったようです。
最後に揖斐高さんの『江戸漢詩の情景』からもう一首紹介することにしましょう。大好きな服部南郭の泣けてくるような「児の愛する所の猫死す」という賛猫詩を、これまたマイ戯訳で……。
頼山陽「猫を獲るを喜ぶ」
真っ暗なのをよいことに チューチュー騒ぐネズミども
眠りに就いても十回も 起こされどうにもなりません
貴兄に礼を尽しつつ ネコが欲しいと頼んだら
みごとなネコをくれたので 天にも昇る心地せり
体に全体ブチがあり その牙ひげも立派なり
まるで小さな虎なので 「小虎」と名づけて日々呼んだ
いつもネズミを見つけ出し 「かかれ!!」と命じりゃすぐにやる
群れなす悪党大声で 騒乱起こすこともなし
我が子よ!! ネコをペットにし 遊んだりしちゃなりません
君にはできまいネズミから 僕の書籍を守ること
本展のチーフキューレーターをつとめた池田芙美さんは、つぎのように興味深い指摘を行なっています。
落款が金泥で入れられており、特別な注文品であった可能性がある。本作とほぼ同構図の《菊花白猫図》(個人蔵)が知られており、河鍋暁斎記念美術館が所蔵する下絵の添え書きから、吉原の妓楼の発注品であったことがわかっている。
池田さんのおっしゃるとおり特別注文品なら、我が愛猫「タビ」じゃ~役不足で、神猫こそふさわしいということになります( ´艸`) ここで頼山陽の漢詩「猫を獲るを喜ぶ」をマイ戯訳で紹介することにしましょう。以前紹介した、揖斐高さんの『江戸漢詩の情景』<岩波文庫>によって知ることができた、山陽のすばらしいネコ詩です。賛酒詩にならって「賛猫詩」と呼びたいと思います。
昨日、FBフレンドの田島整さんがポストした太田聴雨の「猫図」を見て驚きました。これまた宗季の神猫ではありませんか。何というシンクロニシティでしょう。最近田島さんが飼われた、いや、買われた聴雨の第9回青丘会出品作だそうです。
かつて國華清話会特別鑑賞会で浦添博物館をお訪ねした際、上江洲さんと親しくなりネコ好き同志で盛り上がりました。そのとき宗季(呉師虔)の「神猫図」と同じような猫を飼っているんですよ――といって見せてもらった上掲の写真にびっくり仰天したものでした。もちろんこの時は、暁斎の「蝶と菊に猫」も聴雨の「猫図」も知りませんでした。
上江洲さんが愛する「摩阿」姫を見てください。まるで山口宗季や暁斎や聴雨は「摩阿」姫を写生したようじゃ~ありませんか。それはともかかく、暁斎が描く猫も単なる黒尾の白猫ではなく、宗季が描く神猫だったのではないでしょうか。
暁斎が描くところのシッポだけが黒い白猫は、山口宗季(呉師虔)の「神猫図」とそっくりじゃ~ありませんか。シッポの長さがチョッと違いますが……。上江洲さんは「現状では、琉球国外の他地域(中国・大和)では類似した猫の図像を見いだせない作品」とされていますが、暁斎によるこの「蝶と菊に猫」があったのです。明らかに暁斎は、琉球で神猫とされている黒尾の白猫をライトモチーフにしているのです。
服部南郭「児の愛する所の猫死す」 長年わが子にな ついてた 子は 焼いて いたキミの世話 少ないおやつを分けてやり 眠るキミ見て安堵した 深き愛ゆえ夢に見て 恩ゆえ埋めるの哀しいと…… だが心配はまたネズミ 傍若無人に今夜から…...