150万アクセスを突破しました❣❣❣皆さんありがとうございました❣❣❣

2026年11月6日金曜日

前田青邨画伯50回忌法要 8


  「画禅入三昧」は「画禅三昧に入る」とも「画禅三昧に入れ」とも読めますが、後者であったと思います。この教えによって、近代的自我は目指すべき理想から、画に没頭して雑念を離れれば、おのずと獲得される三昧の境地に昇華したのではないでしょうか?

30代半ばにして画伯がスランプに陥り、精神的安寧を失ったことがあったとお聞きして、それは画伯が芸術家として理想に求めた近代的自我のゆえであったのではないかと思い至ったのです。そしていよいよ人間前田廉造れんぞうさんが好きになりました。


近代的自我といえば、すぐに川端龍子が思い出されます。しかし院展と袂を別って、青龍社の創設に邁進した近代的自我の鬼子ともいうべき龍子と異なり、あくまで院展に留まり近代的自我を三昧境に解き放って創作を深化させたのが青邨画伯でした。その画伯と龍子が同じ明治18年1885生まれというのも、何という偶然の一致でしょうか。もちろん龍子も偉大にして尊敬すべき画家でしたが、その生き方は僕にとってとても真似のできないものでした。 

神奈川県立金沢文庫「柴田コレクション 国宝でたのしむ仏教美術」1

神奈川県立金沢文庫「柴田コレクション受贈記念 国宝でたのしむ仏教美術――奇珍異宝の世界――」<11月8日まで>

 柴田芳明さんはとても熱心は國華清話会の会員です。僕もずいぶん長いあいだ親しくさせてもらってきました。京都大学教養部時代に上野照夫先生から宗教美術の講義を聴き、興味を掻き立てられた柴田さんは、上野美学をもとにして古美術の蒐集を始められました。かつて國華社へ持参された仏教絵画を拝見したことはありましたが、なにせ専門外のジャンルでしたから、コレクションについて詳しくお聞きすることもなく打ち過ぎてしまいました。


柴田さんは先年コレクションの一部を神奈川県立金沢文庫に寄贈、これを記念する特別展が11月8日まで開かれています。先日柴田さんにご案内いただくとともに、金沢文庫のキューレーター瀬谷貴之さんの解説を聞きながら、奇珍異宝に富む柴田コレクションを楽しく鑑賞させてもらいました。タイトルに「国宝でたのしむ」とあるのは、国宝に一括指定された「金沢文庫文書」「称名寺聖教」から関係ある資料を選んで一緒に展示してあるからです。瀬谷さんが編集した『神奈川県立金沢文庫所蔵 柴田コレクション図版目録』がすでに出版されています。

2026年11月5日木曜日

前田青邨画伯50回忌法要 7

  

 あの平凡な非凡人である画伯が、そのような精神状態になることなど、想像もできませんでした。今日出海氏は「自然の人、前田青邨画伯にはエピソードはない」と、先のエッセーを書き出しているほどなのです。画伯は「きわめてノーマルに成長した人」であり、「屈折したものがなく、偏狭な精神構造もなく、ただ自然に個性を伸ばしていった」というのです。しかしそれだけではなかったのです。

先の事実を知って、驚いた僕は改めて考えてみました。そして理想とした近代的自我をもつ画家と、平凡な非凡人である自己との乖離あるいは齟齬に、画伯は苦悩されたのではないだろうかという推論に至りました。


近代的自我は、平凡なる非凡人である画伯が理想として、あるいは自己に欠けたものとして自覚的に目指したイディアであったからです。もともと近代的自我意識をそなえていた大観であれば、こんなことに悩む必要はまったくなかったにちがいありません。

2026年11月4日水曜日

前田青邨画伯50回忌法要 6

 


かの水戸学が起こった城下町の水戸と、のどかな山あいの宿場町であった中津川という風土のしからしむところだったのでしょうか。それはともかく、画伯に近代的自我という決定的影響を与えたのは、誰あろう横山大観でした。


これはすでに書いたりしゃべったりしてきたことですが、いつもの独断と偏見にすぎませんでした。しかしこの青邨画伯50回忌法要の席で、大変興味深いお話をうかがったのです。大正7年、大阪ではじめての個展を開き、日本美術院評議員に推された翌年、34歳のとき画伯は円覚寺の宗演禅師に参禅して、禅師から「画禅入三昧」という一行書を授けられました。この事実は僕も知っていました。


ところがこの宗演参禅の理由が、スランプに陥っていたことにあるというのです。精神的にも安定を欠く状態になり、俗な言葉でいえば落ち込んでいたらしいのです。これはとても大きな驚きでした。

2026年11月3日火曜日

前田青邨画伯50回忌法要 5

 


平凡な非凡人である画伯が、いつのころかすぐれた画家にそなわっていなければならない精神は、近代的自我であると悟ったように思われてなりません。近代的自我をもった画家こそが、理想の画家なのだという自覚です。これは画伯の作品から感じとった僕の個人的直感であり、言葉で説明することはむずかしいのですが、画伯の才能を早くに発見した横山大観と比べてみるとおもしろいと思います。

 

横山大観が近代的自我意識の強い画家であったことは、改めて指摘するまでもありませんが、大観の場合は生来の個性であり、先天的な性格でした。しかし平凡な非凡人である画伯における近代的自我は、画家の理想として自覚された精神であり、後天的であったように思われるのです。意識と無意識のちがいであったといってもよいでしょう。

2026年11月2日月曜日

前田青邨画伯50回忌法要 4

 


また今年の秋季院展から選んだ「僕の一点」の作者・渋澤青さんが女性であることも驚きでした。その力強い画風から、男性とばかり思っていたので、真彦さんの言は意外でした。


じつに楽しく充実した一日となりました。東慶寺の井上大光禅師によると、仏事供養とはいえ50回忌というのはお目出度いことだそうですから、楽しかったといっても天上の画伯には許してもらえると思います。


 文化庁長官をつとめた今日出海氏は、『前田青邨』<日本の名画15>(中央公論社 1979年)に寄せたエッセーにおいて、画伯を「平凡な非凡人」とたたえました。確かにそのとおりですが、同時に僕は「健康な近代的自我」をも感じずにはいられません。


「近代的自我」などというと、平凡な非凡人と矛盾するように思われるかもしれませんが、画伯の近代的自我は近代自画像の傑作である「白頭」(東京藝術大学蔵)に象徴されています。近代以前にはなかった意欲的な画題選択や、大胆な構図も近代的自我によって生み出されたものでした。

2026年11月1日日曜日

前田青邨画伯50回忌法要 3

 

 画伯のお弟子さんである平山郁夫先生や、お嬢さんの日出子さんとご夫君の秋山光和先生をはじめ、たくさんの方が参加されましたが、僕もそのなかに入れてもらったんです。東北大学からこの貴重な作品を借り出してきた辻惟雄さんのカバンモチだったかな(´艸`)

はじめてお会いする画伯の凜としたお姿に感を深くしたことが、半世紀以上を経てまざまざと眼前によみがえってきたことでした。最後に円覚寺の法堂にお参りし、画伯とお弟子さんである守屋多々志さんのコラボ作品ともいうべき「白龍図天井画」を拝見しましたが、その下でしばらくぶりに中村真彦さんと親しくお話しする機会に恵まれました。


先日東京文化財研究所の第1回画論フォーラムで「日本の画論と坂崎坦」という拙い講演を行なったことはすでにアップしましたが、その坂崎坦先生と青邨画伯が親しかったらしく、一緒に写った写真があることを教えていただきました。

前田青邨画伯50回忌法要 8

   「画禅入三昧」は「画禅三昧に入る」とも「画禅三昧に入れ」とも読めますが、後者であったと思います。この教えによって、近代的自我 は目指すべき理想から、画に没頭して雑念を離れれば、おのずと獲得される三昧の境地に昇華したのではないでしょうか? 30代半ばにして画伯がスランプに陥り...