100万アクセスを突破しました❣❣❣皆さんありがとうございました❣❣❣

2026年6月13日土曜日

山種美術館「開館60周年記念 川合玉堂――なつかしい日本の情景」14


  玉堂のほか、僕の知っている有名な画家としては伊東深水、山本春挙、荒木十畝、野田九浦、山田敬中などがありました。ちなみに傘松閣は昭和5年、孤雲懐奘の650回忌を記念して創建されましたが、現在の建物は平成5年1993、道元750回忌を記念して改築再建された建物だそうです。 

そのあと七堂伽藍から承陽殿、孤雲閣などをめぐりましたが、とくに感を深くしたのは山門でした。先の案内パンフレットによると、七堂伽藍のなかでもっとも古い寛延2年1749の造立で、中国唐時代様式の楼閣門だそうです。 


見上げると不思議なことに、1階の屋根は平行垂木、2階の屋根は扇垂木になっています。この山門が厳密に唐様式を守ったものだとすれば、その時代二つの垂木形式併用されていたことになります。ちなみに白鳳時代の法隆寺金堂は、唐代建築の影響を受けたはずですが、1階も2階も平行垂木になっています。この違いをとても興味深く感じたことでした

 

山門はともかく、玉堂の傘松閣天井画発見(!?)という実り豊かな越前旅行となったのですが、もう一つ大きな実りがありました。芦原温泉あわらおんせんを支える旅館の女将おかみが協力して発案醸造した銘酒「女将」を、僕のモットーにしたがい「その土地で」堪能できたことでした( ´艸`)

2026年6月12日金曜日

山種美術館「開館60周年記念 川合玉堂――なつかしい日本の情景」13


  上からずっとみていくと、真ん中あたりに「川合玉堂」とあるではありませんか。これまた何というシンクロニシティでしょう「饒舌館長ブログ」の連載中に、まったく知らなかった玉堂の作品に永平寺で逢着するとは!! 玉堂が主題に選んだのは燕子花、天井画にふさわしく遠望効果をふまえた堂々たる出来映えです。 

すでに2年まえの昭和3年、玉堂は昭和天皇御即位御大典用品として「悠紀地方風俗歌屏風」の制作を拝命、揮毫しています。もちろん先の口演「川合玉堂そのなつかしさ 饒舌館長ベストテン」に選んだ力作です。つまり画壇の頂点に位置する画家になっていたのです。先のパネル、玉堂の「燕子花」に11-5という番号を与えています。11列の5番という意味ですが、23×10=230面のど真ん中です。もちろんこれは画壇的地位のしからしむところだったのでしょう。 

2026年6月11日木曜日

山種美術館「開館60周年記念 川合玉堂――なつかしい日本の情景」12

 


  格天井の一つ一つに近代円相画がはめ込まれています。まずその数に圧倒されます。主題はほとんどすべて草花ですが、なかに数点走獣や鳥魚もあるようです。とても高い折上げ天井ですから、細かいところはよく分かりません。みな落款が入っているようですが、もちろんまったく読めません。 

これは一体どういう天井画なのだろうと、いただいた案内パンフレットを開くと、「昭和5年(1930)当時の著名な画家144名による230枚の彩色画」だと書いてあります。この144名というのは、どんな画家だったのかなぁと思いながら廊下に出ると、大きなパネルがあります。見上げたときの配列そのままにすべての画を写真にして並べ、その下に画家の名前を明記してあるです。

2026年6月9日火曜日

山種美術館「開館60周年記念 川合玉堂――なつかしい日本の情景」11

  


 このトピックを連載中の6月4日、生まれてはじめて曹洞宗大本山・永平寺にお参りしました。大部でむずかしい道元禅師の『正法眼蔵しょうぼうげんぞう』はチャンと読んだことがなく、僕の道元理解はもっぱら弟子にして永平寺2代孤雲懐奘こうんえじょう師の法語を書き留めた『正法眼蔵随聞記しょうぼうげんぞうずいもん<岩波文庫>によるという省エネ理解ですが( ´艸`)ぜひ一度永平寺をお訪ねしたいと思っていたからです。家族旅行を兼ねた1泊2日の越前旅行とは相なりました。 

朝、北陸新幹線「かがやき」で福井へ、越前蕎麦を堪能したあとタクシーで永平寺へ向いました。吉祥閣で参拝手続きを済ますとエレベーターで階上に昇り傘松閣へ、またエレベーターでその2階に上がると、156畳敷きという絵天井の間迎えてくれました 

2026年6月8日月曜日

山種美術館「開館60周年記念 川合玉堂――なつかしい日本の情景」10


  これは広く晩冬早春の美と、東洋画に内在する線の美における強い共通性について述べたものです。しかし「朝晴」を考察するときに、きわめて重要な玉堂の言葉であり、逸することのできない絵画観のように思われます「朝晴」はまさに晩秋から早春のころをテーマにしているからです。 

厳しさと明るい希望内包するこの季節こそ、日本の厳しい現状と明るい未来、あるいは明るいにちがいない未来、明るくしなければならない未来を象徴させた「朝晴」にもっともふさわしい四季の転換期だったのです。

 

のように玉堂が創造発表の場とした日展のために、いまチョッとお手伝いをさせてもらっているです。もちろん微力であることは言うまでもありませんが( ´艸`) 今年の第119回日展<東京会場>は、1030日から六本木の国立新美術館で開催されます。ご来駕のほど、お待ち申し上げております。 

2026年6月7日日曜日

山種美術館「開館60周年記念 川合玉堂――なつかしい日本の情景」9

 


さらに続けて「文展再開」とあり、「天にやぶれ地にまみれたるうましくにかきおこすべき絵筆とといふ」という一首採られています。この絶唱こそ、文展再開に際して揮毫した「朝晴」の制作意図であり、僕の推測を裏付けるものにほかなりません。

 

そこで改めて作品へ寄り添ってみると、玉堂が『萌春』創刊号(1953年)に随筆「身辺画趣」を寄稿し、つぎのように述べていることが注目されます。

 

私は此のように、晩冬から、早春の頃の季節が好きなのは、前にもいったように、自然の骨といおうか、ものみなの線というものがはっきりわかるからで、これは東洋画というものが、本来線を重んじ、墨色を尚ぶという、その気分とピッタリ合致するからである。 

2026年6月6日土曜日

山種美術館「開館60周年記念 川合玉堂――なつかしい日本の情景」8

 


 今や此の九年間の戦争は勿論、それ以前にも溯って、日本国民が一大反省をせねばならぬ秋に直面して居るのではあるまいか、否一大天譴を蒙りつつあるのである、この天譴を緊しと肝に銘じて、あらゆる面に於いて各自が立直り、築き直さなければならない時ではあるまいか。

 

 私は今白丸大澤邸の庭に立ちて冴えきった三日月を、銀河を、そして悠久の天体を仰いで無量の感慨に耽って居るのである。

 

これに続けて玉堂は、「八月十五日 玉音放送謹承」と題して、和歌二首を詠んでいます。

 

 みことのりみ声をただにみ民われらこの身にききてひたにつつしむ 

 耳をうちし大詔おおみことのりかしこくも宣のたまわさぬ御声猶きき得しか 


山種美術館「開館60周年記念 川合玉堂――なつかしい日本の情景」14

   玉堂のほか、 僕の知っている 有名な画家 としては 伊東深水、山本春挙、荒木十畝、野田九浦、山田敬中などが ありました 。ちなみに傘松閣は昭和5 年、 孤雲 懐奘の650回忌を記念して創建されましたが、現在の建物は平成5年 1993 、道元750回忌を記念して改築再建された...