2020年6月5日金曜日

石守謙「物の移動と山水画」(『國華』)12


 

 南四川[みなみしせん]の渡し場に たそがれ時がやってくりゃ
 家路を急ぐ人たちが 先を争い騒がしい
 野中の寺から清らかに 間近に聞こえる鐘の声
 岸辺の村ははるけくて 灯る漁火[いさりび]点々と……
 空行く雁を見ていると 故郷の便り恋しくて
 猿の鳴き声聞いてると 涙の痕[あと]にまた涙
 遠く万里の我が旅路 小舟浮かべるこんな夜
 秋の明月仰いでも たたえる言葉が浮かばない

2020年6月4日木曜日

石守謙「物の移動と山水画」(『國華』)11




蘇州の職業的文人画家であった李士達について、その摺扇画「平川帰渡図」(台北・故宮博物院蔵)を例に挙げながら進める石守謙さんの考察にも、シャッポを脱がざるを得ませんでした。この摺扇画には、「落日下平川 帰人争渡喧」という一聯の詩句が賛として書かれています。
これは盛唐の詩人・岑参[しんじん]の有名な詩句「渡口欲黄昏 帰人争渡喧」を、平易で口語的な詩句に改変することにより、市井の観衆に迎合しようとしたのではないかとする指摘は、正鵠をうがつものでしょう。この「巴南舟中」という五言律詩は、「千古絶唱」といわれたそうですが、不思議なことに『唐詩選』には載っていません。『三体詩』から採って、これまた戯訳を作ってみましたが……。

2020年6月3日水曜日

石守謙「物の移動と山水画」(『國華』)10



実にすばらしく、またうらやましいエピソードではありませんか。蕪村はこのことを知らなかったかもしれませんが、このような中国文人の人間的交流にあこがれ、画家にして詩人であった唐寅を理想としたのではないでしょうか。いうまでもなく、蕪村は画家にして俳人でした。
もっとも、沈周も画家にして詩人であったのですが、生活を奇矯にすることはなかったといわれる沈周より、「江南第一風流才子」と自称して自由に生きた唐寅に、蕪村はより一層強い魅力を覚えたのでしょう。
吉川先生によると、唐寅の奔放不羈は兄弟子の祝允明があきれるほどでした。道で見かけた美人のあとをつけ、大きな質屋の小間使いと知ると、身分をかくして番頭に住み込み、思いをかなえたという話が、小説『今古奇観』[きんこきかん]に見えるそうです。「全然の虚構ではないであろう」と吉川先生はおっしゃっていますが、芸妓・小糸と老いらくの恋に落ちた蕪村も、きっとこの話を知っていたことでしょう。

2020年6月2日火曜日

石守謙「物の移動と山水画」(『國華』)9




この夜から間もなくして、孫一元は友人の唐寅と出会い、身に携えていたこの摺扇を見せると、唐寅はその夜の舟遊びと語らいを想像し、また追和詩を書き加えました。ここに詩人・唐寅が登場するのです!! 先の拙文に僕は、吉川幸次郎先生の『中国詩人選集』第2集<元明詩概説>から唐寅の一首を引用しましたが、「平湖夜泛図」の五言律詩も軽やかで、すごくいいと思います。またまたマイ戯訳で……。
 静かな夜に舟を出しゃ 涼風吹き来るマコモ田に
 間遠に光る漁家の灯[] 天まで伸びてるお墓の木
 詩を詠むごとき虫の声 月光酒宴の舟へ射す
 先生 貴兄を客にして いつもながらに楽しそう 


2020年6月1日月曜日

石守謙「物の移動と山水画」(『國華』)8




 最近僕は「蕪村横物三部作試論」という妄想と暴走( ´艸`)を『國華』に寄稿しました。与謝蕪村が明代四大家の一人である唐寅を尊敬してことは、すでに指摘されてきましたが、それは唐寅が画家にして詩人であった点にあったのではないかと、僕は考えたのです。唐寅が画家にして詩人であったことの具体例を、石守謙さんが教えてくださったことも、実にうれしいことでした。
呉派文人画の祖とされる沈周(沈石田)に「平湖夜泛図」(上海博物館蔵)という摺扇画があるそうで、『國華』ではカラー図版になっています。ある月の夜、沈周は友人の孫一元と湖に舟を浮かべて歓を尽くします。そこにお酒があったことは、改めていうまでもありません(笑) そのあと、沈周は孫一元が準備していた扇面に山水を描き、ともに過した夜遊の楽しみを賛にして贈ると、孫一元は五言律詩を書いて応え、さらに沈周が追和詩を加えます。


2020年5月31日日曜日

石守謙「物の移動と山水画」(『國華』)7


多くの匠[たくみ]や農民が ともに残留したために
今に至るも日本の 器物工芸みな精巧
唐の時代にゃみつぎもの 持ってしばしばやってきた
地位ある人はほとんどが 詩も文章も巧みなり
徐福が日本へ行ったのは 焚書坑儒の少し前
だから本場にゃない『書経』 百篇そろって遺るはず
こちらじゃ所持さえ厳禁で 伝えることも許されず
ゆえに蝌蚪文字[かともじ]読める人 一人もおらず中国に
孔子が編んだ聖典を 持っているのは異民族
♪海は広いな 大きいな♪ その港にも近づけぬ
それを思うと胸痛み 涙こぼれる ひとりでに
錆びちゃう短刀――そんなもん 比べられるか!! 聖典と

2020年5月30日土曜日

石守謙「物の移動と山水画」(『國華』)6



西のえびすの昆吾国[こんごこく] はるかに遠く行けやせぬ
玉さえ切れるその名刀 見た人はゼロ 噂だけ
ところが最近日本の すごい宝刀現れた
越の商人[あきんど]買ったのは 青海原の東の地
香りよき木でできた鞘[さや] それに鮫皮[さめがわ]貼ってある
黄金[こがね]の真鍮 銀色の 銅の拵[こしら]えみごとなり
大金払った好事家の 大コレクションに加わった
これを差してりゃ凶運も 妖怪さえも逃げていく
人づてに聞くその国は 大きな島にあるそうで
土地は肥沃で 風俗も 純朴無比ということだ
秦の徐福は人たらし 日本へたくさん連れってた
仙薬探して全国を…… やがて子供も老人に……

石守謙「物の移動と山水画」(『國華』)12

   南四川[みなみしせん]の渡し場に たそがれ時がやってくりゃ  家路を急ぐ人たちが 先を争い騒がしい  野中の寺から清らかに 間近に聞こえる鐘の声  岸辺の村ははるけくて 灯る漁火 [ いさりび ] 点々と……  空行く雁を見ていると 故郷の便...