2026年3月18日水曜日

今や北斎・広重とともに「風景版画の3H」とたたえられる川瀬巴水を中心とする新版画展が三菱一号館美術館で開催中です!! 15

 


モラエスは「以上諸点の総括」の章でも、「改革の大演劇」によって「美という美がすべて荒廃しつつある」ことを慨嘆しています。荒廃のなかに残るわずかな美を探し求めた、サウダーデの旅の結晶が『日本精神』をはじめとするモラエスの著作だったように感じられます。 


旅の画家とたたえられる川瀬巴水の取材旅行も、日本各地に残存する美を捜し求めるサウダーデの旅だったのではないでしょうか。いくら近代化が進んでも、つまり西欧化が進んでも、巴水の慧眼は失われることなき根生いの美を、行く先々で発見することができました。それは巴水におけるサウダーデの旅であり、その結晶が巴水新版画だったのです

 

西欧化によって壊されようとする<日本>のなかに<日本>を捜し求める、モラエスと巴水の視線は同じ方向を向いていたんです。 

2026年3月17日火曜日

今や北斎・広重とともに「風景版画の3H」とたたえられる川瀬巴水を中心とする新版画展が三菱一号館美術館で開催中です!! 14

 


川瀬巴水は「サウダーデの風景版画家」と呼ばれるべきです!! しかしその理由はもう一つありますモラエスが芸術と文学の章に、つぎのごとく書き記しているからです。

 

ふんだんに日本の土地をゆさぶって家屋を倒壊させる地震には、日本は家屋をふたたび廃墟から起こして打ち勝つことができる。芸術を破壊する激変には、日本も打ち勝つすべを知らない。毎日破壊に破壊を重ねて、それを救う希望を失くするほかなき有様である。日本に侵入する西洋文明の旋風が、この避くべからざる不快の不幸な原因だ。 


 モラエスも明治維新によって怒涛のごとく押し寄せた西欧文明が、日本の芸術を破壊したと見なす西欧知識人の一人でした。


2026年3月16日月曜日

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 新田次郎の「孤愁<サウダーデ>」は未完に終わりましたがもちろんポルトガル取材日記は残っていました。これにしたがって子息の藤原正彦さんが、お父さんと同じコースをたどり、同じホテルに宿泊し、同じメニューで食事とワイン賞味したセンチメンタルジャーニーの記録が、先にあげた『父の旅 私の旅』です。素晴らしい紀行文です。その後藤原さんが『国家の品格』を出されたときはびっくりしましたが……。 

『父の旅 私の旅』のあと藤原さんは、お父さんの跡を継いで未完部分を書き足し、共著の形で『孤愁<サウダーデ>』(文藝春秋 2012年)を完成させました。これまたすぐれた伝記小説です新田次郎が書いた前半はこれだけで単行本になっています。かつて読んだことがあるのですが、これを機に藤原さんが書いた後半を読み始めたところです。 


2026年3月15日日曜日

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その「芸術と文学」の章を開くと「日本そのものが、ことごとく芸術である」と書かれているじゃ~ありませんかうれしいような、チョッとこそばゆいようなお言葉です。日本美術の最大特質はシンプリシティーにあるという持論も、じつはこの本のウケウリなです。

 

かつてポルトガルのラジオ放送局がやって来て、モラエスについてしゃべってほしいと言われたことがありました。遠来の客ですから、つとめていた大学の文学部長室を借り、ブロークン・イングリッシュで滔々とオマージュを捧げたあと、放送後そのカセットテープを送ってほしいと頼みましたが、結局なしのツブテでした。あまりにひどいブロークンなので、ボツになったかな( ´艸`)

2026年3月14日土曜日

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 モラエスはNHK連続テレビ小説――通称朝ドラ「ばけばけ」モデルになっている小泉八雲(ラフカディオ・ハーン同世代の日本研究者で、ほとんど同じころ来日、遺した仕事も共通する要素少なくありません 


しかし東京大学や早稲田大学で英文学を講じた八雲に比べると、モラエスはより一層深く日本に耽溺、いや、溺惑した感があります。八雲の日本礼賛が知的であったとすれば、モラエスのそれは、あるいは体質であったように感じられます。 


もちろん八雲は偉大です。しかしモラエスの生き方にも、僕は強く惹かれるのです――と書いていたら、モラエスの代表的著作『日本精神』<講談社学術文庫>を再読したくなって、いま書架から引っ張り出してきたところです。モラエスのすぐれた研究者であった花野富蔵の翻訳ですが、『定本モラエス全集』(集英社 1969年)同氏の編纂だそうです。

 

『日本精神』のカバーには「日本に三十余年も生活し、徹底して日本を愛した外国人の、先駆的かつすぐれた日本人論である」と書かれています。そうです、モラエスは徹底して日本を愛したのです。 


https://mimt.jp/ex_sp/shin-hanga/

 

2026年3月13日金曜日

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 モラエスはポルトガル海軍の軍人でしたが僕がもっとも尊敬して止まないジャポノロジストの一人です。ポルトガルのリスボンに生まれ、明治221889はじめて日本へやってきました。これはしばしば登場する『國華』が創刊された年でもあります。その後モラエスはマカオ勤務などを経て、明治32年、ポルトガル在神戸副領事として赴任、やがて総領事となりました。 


そのころ芸者であった日本女性・福本ヨネ出会い結婚しましたが、大正元年1912ヨネが亡くなると翌年公職をなげうち、ヨネの故郷徳島に移り住んで供養と執筆の日々を送りました。昭和4年1929その地で窮死するまで、たくさんの著述によ、我が国の歴史や社会、文化や芸術、また生活や風俗について、ポルトガルをはじめとする西欧社会へ紹介の労をとってくれました。それは日本語にも翻訳されて、我々にも大きな影響を与えてきました。 

2026年3月12日木曜日

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 藤原さんとジェミニAIが説くサウダーデ巴水の絵画世界そのものはありませんか!! ほとんど重なり合ういっても過言ではありません。僕は巴水を「サウダーデの風景版画家」と呼びたい誘惑に駆られるのです。 


日本語で「望郷の風景版画家」とか「郷愁の風景版画家」、あるいは「懐かしさの風景版画家」といっても悪くありません。しかし藤原さんやジェミニAIにしたがうならば、「サウダーデの風景版画家」といった方が、巴水の絵画世界をより正確に表現しているように感じられるのです。 


藤原さんのお父さんである新田次郎は、晩年毎日新聞に「孤愁<サウダーデ>」と題するヴェンセスラオ・デ・モラエスの伝記小説を連載し始めました。ところが連載途中で急逝、「孤愁<サウダーデ>」は未完に終わってしまいました。 

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  モラエスは「以上諸点の総括」の章でも、 「改革の大演劇」によって「美という美がすべて荒廃しつつある」ことを慨嘆しています。 荒廃 のなかに残るわずかな美を探し求めた、サウダーデの旅の結晶が 『日本精神』 をはじめとするモラエスの著作 だったように感じられます。   旅の画家と...