そもそも「不至之指」のもとになった「指は至らず、至るも絶えず」という命題は、詭弁家の恵施と、桓団や公孫龍などの弁者が論じ合ったものでした。これは「卵にはすでに羽毛がそなわっている」に始まる「弁者十二事」のうちの一つで、この前にある恵施の「歴物十事」とセットになっています。
これらの詭弁は、時間と空間に存在するすべての差別を否定するものだそうです。ですから荘子の考えと基本的に通じ合うわけですが、荘子はこのような詭弁の遊戯性をきらい認めませんでした。言葉では人に勝つことができても、人の心を動かすことはできなかったからです。
「歴物十事」や「弁者十二事」の解釈はいろいろとあるそうですが、以上は森三樹三郎氏の見方です。これにしたがえば、荘子は命題の本質的部分は認めても、詭弁の人を驚かせようとする遊戯性や牽強付会を否定していたわけですが、大典和尚もまったく同じであったと思います。



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