140万アクセスを突破しました❣❣❣皆さんありがとうございました❣❣❣

2026年10月7日水曜日

東京都美術館「大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱 海を越えた江戸絵画」11

 


とはいえ、宗眼重信も基本的には伝統的な障壁画の画題方式にしたがっています。花鳥之間の西側には富士之間があります。文字どおり霊峰富士が描かれていたと推定される部屋ですが、この部屋の南側には床の間がしつらえられていました。つまり富士之間は花鳥之間より格式が高い部屋でした。重信は格式が高い部屋に富士山を配し、下位の部屋に花鳥を描いたのです。


狩野派では山水>人物>花鳥というように画題のヒエラルキーが決まっていました。ですから格式の高い部屋には山水、中位の部屋には人物、下位の部屋には花鳥を描くというのが伝統的ルールでした。重信はこの伝統を守っているのです。そうなるとシアトル美術館所蔵の「琴棋書画仙人図襖」は、単に「秋冬花鳥図襖」の裏側にあったというだけじゃ~すまなくなります。

2026年10月6日火曜日

東文研「研究フォーラム第1回」饒舌館長特別講演 是非リモート参加を❣❣❣

 下記の要領で東文研「研究フォーラム第1回」が開かれます。上野まで出てくるのが大変でしたら、是非リモート参加をお願いしましょう。申し込みは今日と明日までです。饒舌館長の特別講演だけでも聴いてね😄

東京文化財研究所では、日本の画論・画史・画譜の調査・翻刻を進め、まとまったテキストデータを蓄積してきました。本フォーラムでは、この資料基盤をもとに日本の画論研究の新たな可能性と研究基盤のあり方を議論します。日本美術史、東アジア美術史、デジタル人文学など多様な分野の研究者が、専門を越えて対話し、今後の研究の方向性をともに考える場を目指します。

開催日時2026年10月9日(金) 13:00~(12:30開場)
会場東京文化財研究所 セミナー室
開催方式対面開催/オンライン配信(Zoom)

プログラム

13:00~特別講演 河野元昭(出光美術館理事・東京大学名誉教授)
「日本の画論と坂崎坦」
ー休憩ー
14:30~15:00基調報告 小野真由美(東京文化財研究所)
「日本の画論 再読ー中国画論と渡辺玄対『辺氏画譜』を起点として一」
ー休憩ー
15:15~16:30総合討議 門脇むつみ(大阪大学)・水野裕史(筑波大学)
16:30~17:00情報交流会(会場のみ、オンラインは16:30終了)

申込み方法

所定フォームにて承ります。ご来場およびオンラインのご参加は、下記URLかQRコードよりお申し込みください。
締め切り:10月7日(水)

https://forms.cloud.microsoft/Pages/ResponsePage.aspx?id=CEMC3c24YEKhj2QXiRhXAjC-R99zZe9JgW8p1H-CbgZUNUJWWERWVDFQVzdPRkVLUFFaSkxXRzY1UCQlQCN0PWcu

お問い合わせ

銀座ステップス・ギャラリー「a gentle breeze from Shonan 古川巧✖髙橋勉」オープニングパーティー

 


 先日お知らせした銀座ステップス・ギャラリー「a gentle breeze from Shonan 古川巧✖髙橋勉」展が始まりました。お二人の最近作は銀座4丁目にふさわしい洒落た画趣にあふれ、コンパクトな会場を濃密なアート空間に昇華させています。会場のベランダで始まったオープニングパーティーは、銀座の夜を昼に変えるようなライトとワインで盛り上がったことでした。僕はチープなフォークギターを抱えて行き、チープな数曲を熱唱して錦上花を添えました。花といっても枯れ尾花でしたが😓 僕の左隣りが古川さん、その左が髙橋さんです。改めてお二人に「おめでとう❣❣❣」

東京都美術館「大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱 海を越えた江戸絵画」10

  


  このあと山下さんは「作者は狩野宗眼重信、今後注目の絵師!」と、先に述べた筆者問題に突入していくのですが、あまりに長くなっちゃいますから、カタログをお読みいただくことにしましょう。

山下論文によると、「春景花鳥図」と「秋冬花鳥図」は、廃仏毀釈により談山神社になるまえの多武峰妙楽寺・学頭屋敷を飾る襖絵でした。その花鳥之間の西側に前者が、南側に後者がはめられていたんです。これを知って僕は、とても興味深く感じました。


このころの襖絵は基本的に東=春、南=夏、西=秋、北=冬という四方四季の観念をもとに描かれています。たとえ建物が正しく南面していない場合でも、画面の春夏秋冬は時計回りに進んでいきます。ところがこの花鳥之間では、春から秋冬へと反時計回りになっていますね。つまり、四季花鳥図屏風一双における四季の進行に近いのです。何故なのでしょうか?


それは東と北には襖絵が描けないような構造であったため、宗眼重信は四方四季という伝統的構成をあきらめ、西と南の二面を屏風のように見立てて描いたためだというのが独断と偏見ですね。そのためにとてもまとまりのある空間が生れたんだと思います。部屋から引っ剥がされた襖絵を見せられているような、居心地の悪さを感じることもなく、僕たちは安心してこのシャングリラに遊ぶことができるんです。


上の写真はネットからゲットした一枚ですが、すごいことになっていますね。「安心してこのシャングリラに遊ぶ」どころの話じゃなくなっているみたいです❣❣❣ 

2026年10月5日月曜日

東京都美術館「大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱 海を越えた江戸絵画」9

 


私は2025年6月から日課として膨大な談山神社古文書のチェックを始めた。 ひと月ばかりたった頃、学頭の日誌を見ていて胸が高鳴った。 頻出する「花鳥之間」「富士之間」の記事。 竹林坊学頭屋敷のこれらの部屋に社僧たちが一堂に揃い、盛んに行事を営んでいたのである。 天保4年(1833)7月3日の条では間取り図を掲載、 儀式の際に学頭や幹部らの座る位置が図示される。 桃山末の襖絵は幕末まで確かに用いられていたのだった。(略)


明治2年(1869)、神仏分離令により多武峰妙楽寺は廃されて多武峰談山神社と改称。 やがて竹林坊棄却、 障壁画も売却された。 50年後の大正11年(1922) 詩夢庵襖絵群は、東京での入札を経て青森へ。 


その10年後の昭和6、7年 (1931 1932) 頃、 土居次義氏 が《秋冬花鳥図》《琴棋書画仙人図》 両面襖の状態で、 京都市内で調査。ほどなく表裏が分離され、1937年に大英博物館が 《秋冬花鳥図襖》を購入、戦後の1951年にシアトル美術館が《琴棋書画仙人図襖》を購入したのであった。

2026年10月4日日曜日

東京都美術館「大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱 海を越えた江戸絵画」8

 


      座敷空間が見えてきた!

時を戻そう、 襖絵が制作された時代へ。1998年から2000年の大英博襖絵の解体修理で見つかった裏貼りなどから、襖絵群は伝承通り奈良県桜井の多武峰・談山神社にあったことが確実になった。 談山神社は、大化の改新の中心人物、 藤原鎌足を祀る古社で飛鳥時代の創建。 幕末までは、多武峰妙楽寺という神仏習合の寺院だった。


慶長17年(1612)4月に比叡山の賢盛法印 (?-1624) が、駿府で徳川家康の命により初めて妙楽寺の学頭に任じられる。 学頭は多武峰全体の事実上の統括者で、明治維新まで26代続く。 学頭の屋敷=竹林坊は現存しないが、 襖絵群はこの屋敷の内部を飾る建具として制作されたのだった。慶長19年(1614)、 豪雨により裏山が崩れ、土石流で境内の建物の多くが倒壊、 学頭の賢盛法 印は再建に努めた。

2026年10月3日土曜日

東京都美術館「大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱 海を越えた江戸絵画」7

  

 


 大英博襖絵の裏が米国・シアトル美術館の襖絵《琴棋書画仙人図》だったことは以前から知られていた。本展では、これら離れ離れになった絵が日本に里帰りし、150年ぶりに再会する。その感動的な場面に、私たちは立ち会えるのである。

近世絵画史研究の泰斗、 故・土居次義先生は、大英とシアトルの襖絵がまだ表裏にあった昭和初期に京都市内で調査され、昭和57年 (1982) 論文「海外の襖絵と狩野孝信」(『日本美術工芸』 528・529号)で次のように語られた。大英博襖絵には「秋、冬二季の花鳥的景観が描かれているわけだが、向かって右端に椿の枝が認められるし、それに梅の枝が添えられているところから推定すると、この花鳥図の向かって右方には、もと春、夏の花鳥的景観を描く画面があった可能性が考えられる。 (...) それを確かめるすべのないことが惜しまれる」と……。 その右方の襖こそ、詩夢庵の襖絵にほかならないのである。

東京都美術館「大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱 海を越えた江戸絵画」11

  とはいえ、 宗眼 重信も 基本的には伝統的な障壁画の画題 方式 にしたがっています。花鳥之間の西側には富士之間があります。文字どおり 霊峰 富士 が描かれていたと推定される 部屋ですが、この部屋の南側には床の間が しつらえられて いました。 つまり富士之間は花鳥之間より格式が...