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2026年10月20日火曜日

出光美術館<門司>「水墨画の巨匠たち 雪舟から鉄斎まで」12


  大典は宋儒や荻生徂徠の解釈を非難し、あえて新説のために新説を考え出すような態 度を否定する。 そして 『論語集覧』なる注釈書について、「毎章各々異義を演べ、力めて 新説を出す。 要は一家の説を立つるに在りて、聖言を以て己が意に随わすの弊を免れず」 と批判する。個性的であればそれでよいというわけではないとする主張であって、ここに も大典の穏健な思考法がよく看取されるのである。

それを端的に示すのは、大典が門人玉潤元寔の文章に関する問いに答えた手紙である。 大典は「其工夫を用ゆるには、必ず整調を要す、必ず流暢を要す、必ず円熟して窒がらざ るを欲す、圓熟して窒がらざるには歐陽(脩)を学ぶに如くは莫し、流暢を欲せば蘿山 (林道栄か)を学ぶに如くは莫し、整調を欲せば空同(李夢陽)を学ぶに如くは莫し、吾子試に三家の文を取って之を看よ」という。

2026年10月19日月曜日

出光美術館<門司>「水墨画の巨匠たち 雪舟から鉄斎まで」11


  縁訳を奇僻とする一般的な見方に対しては、明霞の本意を知らぬものとして師を擁護するのだが、結果としては不採用の立場に立つわけである。ましてや明霞の勧める唐音直読法などは、「世上みな音読すること能ざれば、倭読の声にて大概節奏もよく、口耳にも順穏に、吟誦にも信屈ならず、記憶にも便利なるを要とすべし」 ということになる。 大典の穏健な考え方が、これらによく反映しているというべきであろう。

小畠文鼎によれば、大典の思想は折衷主義であって、著書『四書越俎』には全編にわた つて「折衷」の文字が見え、また「衆説を参考して之を研尋し、力めて折衷を求む」とも あるという。私はこれを国立国会図書館所蔵本によって確認してみた。「折衷」の文字は 数か所に見えるだけだが、大典の思想が折衷主義的傾向を有することは充分理解できた。 特に卷之二の「論語上」の冒頭は大典の思想をよく示す部分で、右の引用もここに現われる。

2026年10月18日日曜日

出光美術館<門司>「水墨画の巨匠たち 雪舟から鉄斎まで」10

  


 30年ほど前、新しく世に出た伊藤若冲の「鶴図双幅」に感を深くし、『國華』1225
号に紹介しました。そのとき若冲に大きな影響を与えた大典の思想についてチョッと考えた結果、つぎのように書いたんです。

大典の思想のうちには、穏健をもってよしとする傾向がうかがわれるからである。それを象徴的に示すのは、師宇野明霞の編み出した漢文訓読法に対する態度である。徳田武氏によれば、明霞の方法は伝統的訓読法を否定し、助字や虚字の正確な意味からまったく新しい訓読を提唱した革新的なものであった。明霞はこれを縁訳と呼んだらしい。


大典はこの縁訳の意義を一応認め つつも、漢文訓読の目的はその内容を把握することにあるのだから、必ずしも訓読法を改める必要はないと主張する。 



2026年10月17日土曜日

出光美術館<門司>「水墨画の巨匠たち 雪舟から鉄斎まで」9

  

 そもそも「不至之指」のもとになった「指は至らず、至るも絶えず」という命題は、詭弁家の恵施と、桓団や公孫龍などの弁者が論じ合ったものでした。これは「卵にはすでに羽毛がそなわっている」に始まる「弁者十二事」のうちの一つで、この前にある恵施の「歴物十事」とセットになっています。 

これらの詭弁は、時間と空間に存在するすべての差別を否定するものだそうです。ですから荘子の考えと基本的に通じ合うわけですが、荘子はこのような詭弁の遊戯性をきらい認めませんでした。言葉では人に勝つことができても、人の心を動かすことはできなかったからです。


「歴物十事」や「弁者十二事」の解釈はいろいろとあるそうですが、以上は森三樹三郎氏の見方です。これにしたがえば、荘子は命題の本質的部分は認めても、詭弁の人を驚かせようとする遊戯性や牽強付会を否定していたわけですが、大典和尚もまったく同じであったと思います。

2026年10月16日金曜日

出光美術館<門司>「水墨画の巨匠たち 雪舟から鉄斎まで」8

 

その点で指は「無用」ですが、指は日々実際に役立ち、指がなければ大典和尚もこの賛を書けませんでした。「無用之用」にならっていえば、指は「有用之無」だといってもよいでしょう。


「漫すずろに相倚る」というのは、無用之用と有用之無は何となく、仲良く昔から補完関係を保っていると解釈したのが戯訳です。つまり何かで何かを支配したり抑圧することなど不可能で、すべては持ちつ持たれつだというわけです。


これは「有無相通ず」という格言に近く、鬼面人を驚かすというような賛とはいえません。最初の質問に答えず逃げているといえば大典和尚に失礼ですが、とくに人をアッといわせる奇抜な答えではありません。この点に僕はとても興味がわいてくるのです。

2026年10月15日木曜日

出光美術館<門司>「水墨画の巨匠たち 雪舟から鉄斎まで」7

 


 しかし大典和尚がこの賛を書いたとき、頭にあったのはむしろ如拙の「瓢鮎図」だったのではないでしょうか? この国宝画をよく見てください。瓢箪を持つ乞食僧が鯰を指差しているように、少なくとも指を差し伸べているように見えるでしょう。


事実、島尾新さんは著書『如拙筆瓢鮎図――ひょうたんなまずのイコノロジー』<絵は語る5>(平凡社 1994年)で、おもしろいことを指摘しています。瓢箪はしっかりホールドされず、上から押さえつけられているだけだというのです。確かに瓢箪は手に吸いついているだけで、乞食僧は指を鯰の方へ差し出しているようにみえるのです。


大典和尚はこの大雅の作品から古来有名な如拙画を思い浮かべ、『荘子』の「不至之指」を想起した可能性を考えてみたいのです。指で鯰を指差すことはできても、鯰の本質をとらえることは不可能だとでも言いたかったのでしょうか。

2026年10月14日水曜日

東文研「研究フォーラム第1回<日本の画論の形成と展開>」マイ特別講演無事終了❣❣❣


  先日お知らせした東京文化財研究所「研究フォーラム第1回<日本の画論の形成と展開>」が無事終わりました。僕は「日本の画論と坂崎坦」と題して特別講演なるものをやらせてもらいました。35000字ほどの完全原稿は用意したのですが、与えられた時間は60分です。読み上げてたらとても終わりそうにないので、PPTを60分のスライドショーにセットしてもらい、サワリだけをアドリブで話すことにしました。内容はともかく、時間内にピタリと終わったことが自慢です。

  ヤジ「スライドショーなら当たり前田のクラッカーじゃないか❣❣❣」

 僕のあと基調講演、コメント、質疑応答、情報交換と続き、終了後場所を移して打ち上げとは相成りました。ともかくも役目を果たした僕は、解放感から秋田の銘酒「旅人」でカンスイ、上掲のごとくに……。「画論」に合わせて締めて行ったネクタイにもご注目あれ❣❣❣

 

出光美術館<門司>「水墨画の巨匠たち 雪舟から鉄斎まで」12

   大典は宋儒や荻生徂徠の 解釈 を非難し、あえて新説のために新説を考え出すような態 度を否定する。 そして 『論語集 覧 』なる 注釈書について、「毎 章各々異義を演べ、力めて 新説を出す。 要は一家の説を立つるに在りて、聖言を以て己が意に随わすの弊を免れず」 と批判する。個...