これは僕の独断と偏見ではありません。妄想と暴走でもありません。玉堂みずから、『奥多摩雑稿』の「三日月」と題する随想のなかで、つぎのように述べているからです。じつに昭和天皇が戦争終結の詔書を放送する5日前、昭和20年8月10日に書かれた文章です。旧仮名を新仮名に直して引用することにしましょう。この「無量の感慨」を絵画化したのが、「朝晴」であるといっても過言ではないような気がします。
今年もまたここ白丸で、此の三日月を去年と同じように幾度も繰返し仰ぐことが、果して出来るであろうか、若し出来たとしても、木の葉が末枯れて夜風が身に泌むといったような、そんな平凡な変化とは思われ無い、或は開闢以来日本国民の、未だ曾て遭遇したことの無い、みじめな最悪の変化が、目の前に横たわっているのではあるまいか。




