座敷空間が見えてきた!
時を戻そう、 襖絵が制作された時代へ。1998年から2000年の大英博襖絵の解体修理で見つかった裏貼りなどから、襖絵群は伝承通り奈良県桜井の多武峰・談山神社にあったことが確実になった。 談山神社は、大化の改新の中心人物、 藤原鎌足を祀る古社で飛鳥時代の創建。 幕末までは、多武峰妙楽寺という神仏習合の寺院だった。
慶長17年(1612)4月に比叡山の賢盛法印 (?-1624) が、駿府で徳川家康の命により初めて妙楽寺の学頭に任じられる。 学頭は多武峰全体の事実上の統括者で、明治維新まで26代続く。 学頭の屋敷=竹林坊は現存しないが、 襖絵群はこの屋敷の内部を飾る建具として制作されたのだった。慶長19年(1614)、 豪雨により裏山が崩れ、土石流で境内の建物の多くが倒壊、 学頭の賢盛法 印は再建に努めた。






