児玉絵里子『歌謡と芸態 在原業平の表象』 勉誠社 2026年
児玉絵里子さんは芸能と文学と美術の抜き差しならぬ関係を追究してきた研究者です。そこに日本文化の基層ともいうべき、琉球文化という視点を導入した点がとてもユニークです。木村重信先生が主宰する民族芸術学会で、初めてお会いしたのは20年ほどまえでしょうか。
それ以来児玉さんの研究からは多くの刺激を受けてきました。このたび児玉さんは京都美術工芸大学に着任されましたが、僕も3年間大変お世話になった大学です。何か縁を感じないではいられません。新著『歌謡と芸態 在原業平の表象』は、歌謡と芸態という観点から本質を問おうとする意欲作です。その研究成果を、児玉さんはつぎのように述べています。
踊歌(歌謡)が備える物語性は、「芸態」すなわち芸能の身体的動作(所作・振り・型) を芸術に昇華させる根本的要素にほかならない。踊歌(歌謡)と芸態の考察は芸能の生 成過程を明らかにする重要な「鍵」だが、両者に照明を当てることで浮かぶ表象の姿こそ、日本文化を貫く日本人の思想にほかならない。それは、業平と『伊勢物語』が 「芸能の表象」となり、やがて寺社仏閣に近しく栄えた芸能本来の呪術的性格を伴って、人々に幸福をもたらす厄除開運の像として信仰にも近い「希望と祈りの表象」となっ たことを物語る。
美術史を専門とする僕は、第2章「歌謡と芸能踊衣裳――若衆歌舞伎と歌舞伎の意匠 ゆきのふりそでちらちらと」にもっとも興味を覚えました。若衆歌舞伎とその代表的な踊り歌を集めた「業平躍」などとの関係はすでに指摘されてきました。
しかし児玉さんは、「踊り絵巻」(奈良県立美術館蔵)にみられる若衆踊りの詞章と挿絵の衣裳模様から考察を広げ、雪輪(雪)というキーイメージを抽出し、それを『伊勢物語』や在原業平伝説と結びつけて読み解いたのです。
若衆歌舞伎と業平の関係で思い出すのは、2005年『芸術新潮』で「光琳の七不思議」という特集を監修したとき、丹尾安典さんと行なった対談ですね。丹尾さんによると、『古今和歌集』に詠み人しらずとして、「思ひいづるときはの山のいはつづじ言はねばこそあれ恋しきものを」という一首が収められています。
ところが男色世界では、弘法大師の実弟である真雅僧正が、少年の在原業平に恋焦がれて詠んだ恋歌ということになっているそうです。こんなところにも、若衆歌舞伎と業平が結びつく原因があったのかな? あるいは両者が結びついていたからこそ、真雅の逸話が生まれたのかな?
じつは僕も「寛文美人試論」という、文字通りの拙文を書いたことがあるんです。しかし児玉さんの研究を知った今なら、もうチョッとおもしろく仕立てることができるような気がします。気がするだけかな(笑) また雪を花にたとえる和歌がたくさんあることを教えてもらい、漢詩だけじゃなく、和歌からも改めて蕪村の「夜色楼台図」を考えてみたいと誘惑されたことでした。


