しかし琳派の美術は、この三人だけで生み出されたわけではありません。宗達は俵屋を屋号とする工房を率い、また抱一も鈴木其一(一七九六~一八五八)をはじめ優れた弟子を擁しました。
国宝「燕子花図屏風」の作者である尾形光琳にも、直接あるいは間接に連なるフォロワーたちがいました。 中でも高い画技で師の制作をサポートしたと考えられる渡辺始興(一六八三~一七五五)、兄・光琳との協働でデザイン性に富む作品を作り出した陶芸家の乾山(一六六三~一七四三)は、その名が知られています。しかし光琳晩年の弟子である深江芦舟(一六九九~一七五七)、あるいは乾山に学び、後に抱一により「光琳三世」と評された立林何帠(生没年不詳)になると、その作品に触れる機会はこんにち極めて稀です。
本展では、アメリカ・クリーブランド美術館からの里帰り作品もふくめ、知られざる「光琳派」の全貌を展観し、 琳派の歴史に新しい光を当てます。


.jpg)

.jpg)
.jpg)
.jpg)