2026年3月3日火曜日

オチャケならぬお茶が大好きな方々に絶対おススメの「出光美術館蔵 茶道具名品展」が大倉集古館で開かれています!! 14

 


 川柳だって負けていませんが、「いろりにてくどきおとして麦の中」というのはチョッと分かりにくい――しかし浜田義一郎先生「冬の内にいろり端でくどいて色よい返事を得てから、人目にふれぬほどに麦が生長するまで待って、思いをとげるという田舎のしんぼう強い色ごとである」という「鑑賞」を読めば、自然に笑みがこぼれてきます。ドリフターズの「誰かさんと誰かさんが麦畑」は江戸川柳から来ていです( ´艸`)

それはともかく、麦は古くから日本のイネ科植物として認識されていたのでしょう。狩野重信の時代、麦はどこでも容易に見ることができ、普通に食されていたことは、改めて指摘するまでもありません。つまり出光美術館所蔵の狩野重信筆「麦・芥子図屏風」は漢のヒナゲシ×和の麦というペアになるわけです。

 

  ヤジ「この間も北斎の『詩哥写真鏡』は日中和漢のペアだと言ってたけど、もうチョッと違う見方はできないの?」 


  

2026年3月2日月曜日

オチャケならぬお茶が大好きな方々に絶対おススメの「出光美術館蔵 茶道具名品展」が大倉集古館で開かれています!! 13

 


たとえ僕の印象が間違っているとしても、ヒナゲシや芥子が中国的なイメージを有する草花であることだけは証明されたように思います。すると出光美術館が所蔵する狩野重信の「麦・芥子図屏風」は、和漢のイメージを組み合わせた一双屏風ということになるのではないでしょうか 


麦は早くも『万葉集』に「馬柵うませ越しに麦む駒のはつはつに新肌にいはだ触れし児ろし愛いとしも」と詠まれています。中西進さんによれば、「馬柵ごしに麦を食べる駒のように、やっと僅かに新肌を触れた子が愛おしいよ」いう相聞歌になります 


俳諧となれば枚挙にいとまありません。与謝蕪村にも「狐火やいづこ河内の麦畠」という、いかにも蕪村らしい佳吟があります。同じ麦でも、」「麦の穂」「麦の秋は夏の季語、麦の芽は冬の季語になるそうです。麦が日本人の生活と密接に結びついた結果、細分化されることになったのでしょう。 

2026年3月1日日曜日

オチャケならぬお茶が大好きな方々に絶対おススメの「出光美術館蔵 茶道具名品展」が大倉集古館で開かれています!! 12

 


それだけではありません。それを我が国で幽玄なる芸能に昇華した能謡曲「項羽」に、より一層注意を注ぎたい心持ちになってきたのです。その意味からも、先の『能狂言事典』に「異国の英雄を主人公にし、後ジテ・ツレにいくぶんかのエキゾティシズムを感じさせるが、構想は多分に日本的で、むしろ修羅物に近い」とある点は、きわめて興味深く感じられます。 


この項を執筆した味方健さんは、「項羽」という能謡曲が日本的だと指摘しているのです。能柄として五番目物に決められている「項羽」が、実際は修羅物(二番目物)に近いというのも、それと無関係ではありません。

 

五番目物というのは、正式とされる五番立ての演能で、最後に演じられるお能です。強烈なエナジーを秘めたちょっとシュールな存在が活躍するのが特徴です。修羅物は武人の霊を後ジテとし、死んだあと修羅道で苦しんでいることを吐露するお能が多いとされています。味方さんの指摘はそのとおりだと思います。 

2026年2月28日土曜日

オチャケならぬお茶が大好きな方々に絶対おススメの「出光美術館蔵 茶道具名品展」が大倉集古館で開かれています!! 11


この茶壷を所有したにちがいない高位貴顕も、使ったり眺めたりした上層町衆ひとしなみに「垓下がいかの歌」や「項羽」を思い出したことでしょう。いや、絵付けは虞美人草なのですから、まず初めには虞美人が胸底に浮かんだにちがいありません 


この仁清作「色絵芥子文茶壷」の絵付け単に華麗優美なだけでなく、楚々とした美感にあふれ得もいわれぬ哀調をおびチョッと風が吹けばすぐに揺れ動きそうな可憐な情趣をたたえていいます。今回僕がはじめて気づかされた「色絵芥子文茶壷」の美と妙です 


それはオマエの印象にすぎないと言われれば返す言葉もないのですが、あえて淵源を探っていくと、項羽と虞美人の歴史的物語があり、「垓下がいかの歌」があり、姜夔きょうきのような漢詩もあったような気がしてきたのです。 

 

2026年2月27日金曜日

オチャケならぬお茶が大好きな方々に絶対おススメの「出光美術館蔵 茶道具名品展」が大倉集古館で開かれています!! 10

 


 上層町衆を含めた当時の知識人は、能謡曲に馴れ親しみ、日々の生活に彩りを添え、また社交のヨスガとしていました。ウソだと思う方は、拙論「宗達と能」や「光琳と能」をご笑覧くださいませ´艸`) 


野々村仁清も、仁清を支援し仁清焼を好んで用いた町衆も、門前に仁清窯のあった仁和寺や他の僧侶たちも例外ではなかったはずです。御水尾天皇のあとを継いだ霊元天皇を中核とする宮廷文化圏でも、能謡曲は愛好されたことでしょう。このような知識人や教養人にとって、能謡曲は生活の一部をなす文化だったのです。

 

仁清がこの「色絵芥子文茶壷」のモチーフに芥子やヒナゲシを選んだとき、能謡曲の「項羽」が意識されないはずはありません「項羽」から発想したとは思いませんが、構想した段階で仁清の脳裏に虞美人のイメージ、虞美人草のかすかな伝説の記憶がよみがってきた可能性は、けっして低くないでしょう 

2026年2月26日木曜日

オチャケならぬお茶が大好きな方々に絶対おススメの「出光美術館蔵 茶道具名品展」が大倉集古館で開かれています!! 9

 


 当時の知識人や教養人これらを知っていたことは言うまでもありません。しかし項羽や虞美人により一層深く馴染み、強い共感や愛惜の念を抱くようになった契機として、能謡曲の「項羽」に指を折りたい誘惑に駆られるのです作者不詳の五番目物です。

 

秋草を刈り取って家路につく草刈りたちが、老人のあやつる渡し舟に乗せてもらいます。すると老人は草束のなかから朱色の花一本だけを所望して抜き取り、これは項羽の虞美人を葬った塚から生えた美人草だと語り始めるのです。そして自分こそ項羽の霊だと身を明かし、あとを弔ってくれと頼むと消えてしまいます。

 

僕は能謡曲について、東京国立文化財研究所時代、同僚だった羽田昶さんから多くを教えてもらいました。その羽田さんが中心となって編集した『能狂言事典』(平凡社 1987年)は、「草刈りのその夜の夢に、矛を持った項羽と愛妃虞美人の霊がありし日の姿を見せ、四面楚歌の中、虞氏哀切の最後<舞働>と項羽焦燥の苦戦・悲憤の自刃を再現して見せるのだった」と〆てあります。

2026年2月25日水曜日

オチャケならぬお茶が大好きな方々に絶対おススメの「出光美術館蔵 茶道具名品展」が大倉集古館で開かれています!! 8


 姜夔きょうき「虞美人草」 

  劉邦 項羽を包囲した 夜更けに楚の歌わき起こり 

  玉のとばり様は 悲憤慷慨されました 

  烏江うこうの駅長「江東……」と 再起されよと鼓舞するも 

  蓬よもぎの中に妾奴わたしめを 打ち捨て 出陣し…… 

  石になったらどうやって 話をすることできましょう 

  しかし草花そうかになったなら 舞うことできます風受けて 

  愛馬の騅すい様の 帰来を待ちます道端で 

  でも心配で……一顧だに してくれないのじゃないですか? 

オチャケならぬお茶が大好きな方々に絶対おススメの「出光美術館蔵 茶道具名品展」が大倉集古館で開かれています!! 14

   川柳だって負けていませんが、「いろりにてくどきおとして麦の中」というのはチョッと分かりにくい ―― しかし浜田義一郎先生 の 「冬の内にいろり端でくどいて 色よい返事を得てから、人目にふれぬほどに麦が生長するまで待って、思いをとげるという田舎のしんぼう強い色ごとである」とい...