ところが日本の垂迹思想において、文殊菩薩は春日若宮(天押雲根命あまのおしくもねのみこと)の本地仏とされるようになります。有名な「春日若宮影向ようごう図」(五島美術館蔵)が童子形であることから明らかなように、春日若宮=童子形というイメージが強かったため、胎蔵界曼荼羅に童子形で登場する文殊菩薩は、春日若宮と結びつきやすかったんだと思います。
柴田コレクションの「文殊菩薩像」はタイトルのごとく文殊菩薩を描いた仏画ですが、そこに春日若宮の心象も投影されているにちがいありません。これを垂迹絵画といえば言い過ぎでしょうが、その萌芽が認められることは否定できないように感じられます。
八大童子が文殊の眷属けんぞくとされているのも、この菩薩のうちに童子的観念が内包されていたことと無関係ではないでしょう。わが国で文殊会(文殊講)が広まり、だれでも知っている「三人寄れば文殊の智恵」ということわざができるほど親しまれた理由の一つに、我々の祖先が抱いていた子供聖性観があるように感じられてならないのです。
見終わったあと金沢文庫のカフェで柴田さん、瀬谷さんと一緒に、おいしいランチをとりながらおしゃべりを楽しんだことでした。
ヤジ「オマエが一人でしゃべりまくってたんじゃないの?」


