2024年4月19日金曜日

渡辺浩『日本思想史と現在』7

しかし渡辺浩さんは、先行研究が指摘した二つの点について、高橋博巳さんの見解が示されていないことが、やや残念だとしています。その先行研究というのは、大森映子さんの『お家相続 大名家の苦闘』(角川選書)と島尾新さんの『水墨画入門』(岩波新書)です。

僕も読んだ『お家相続 大名家の苦闘』が、浦上玉堂研究の資料として使えるとは夢にも思いませんでした。また政治思想史研究者の渡辺さんが、『水墨画入門』のような美術史本もお読みになっていらっしゃることに心を打たれました。両書ともすでに「饒舌館長ブログ」で取り上げたことがあるので、とくに興味を引いたのですが、いつか高橋さんにお会いする機会があったら、直接お考えを聞いてみることにしましょう。

 

2024年4月18日木曜日

渡辺浩『日本思想史と現在』6

 

一般的なくくりでは比較思想史ということになるのかもしれませんが、渡辺さんの思考方法は、もっと能動的です。所与のものを単純に比較するのではありません。例えば纏足を論じながら、話はコルセットへ向うのですが、そこにはある必然がチャンと用意されているんです。起承転結というか、展開のさせ方がとてもうまいんです。だからこそ、そのアイロニーを論じなかった坂元ひろ子さんへの批判に説得力が生まれるんです。

 渡辺浩さんは近世日本の漢詩文を専門とする高橋博巳さんの至芸に、オマージュを捧げています。また高橋さんの旅や人生が浦上玉堂のそれに重ね合わされ、相対化され対比されていることをたたえています。


2024年4月17日水曜日

渡辺浩『日本思想史と現在』5

その先は本書をお読みいただきたいと思いますが、このような大問題を論じながら、得もいわれぬユーモアを感じさせるところがすごい!! 我々が「みずほびと」になったら、「日本銀行」は「みずほ銀行」となって大混乱に陥る――真面目な渡辺浩さんが真顔でおっしゃるから可笑しいんです。これは新しい超日本人論だ!!というのが僕の読後感でした。

坂元ひろ子さんの『中国民族主義の神話――人種・身体・ジェンダー』(岩波書店 2004年)に対する書評「コルセットはいかが」も、渡辺浩さんの面目躍如たる一節です。それは「面白い本をお勧めする」のなかにあります。

 

2024年4月16日火曜日

渡辺浩『日本思想史と現在』4

しかしここには、渡辺思想史学の特質が端的に示されています。それは洋の東西を自由に行き来する、ものすごい健脚ぶりです。広やかな視覚といってもよいでしょう。『日本思想史と現在』という書名になっていますが、日本に限定されることなく、その国境を越えてしなやかに抜け出ていくのです。だから読者はワクワクするんです。

その真骨頂は、「その通念に異議を唱える」のなかの「国号考」です。「日本国」という国号は、独立国として、恥ずべきものではないだろうかという疑問から話は始まります。「みずほのくに」をはじめとして様々な土着の名称があるにもかかわらず、この国号はもともと外国語であり、東方にあることを自認した「日本」とは、中華からみて東の周辺という意味だからです。

 

2024年4月15日月曜日

渡辺浩『日本思想史と現在』3

 

しかし渡辺浩さんは、政治思想史の研究者です。その渡辺さんが、このような画家のモノグラフまで関心を持ち、お読みになるということ自体、大きな驚きでした。もっとも日本十八世紀学会編集部から、この本の書評をと依頼されて執筆した一文だそうですが、渡辺さんがもつ関心の広さと深さをよく知って、お願いしたものにちがいありません。

渡辺さんは、玉堂のことを「(コンドルセより二歳年下、そしてゲーテより四歳年上の)その人は、音楽家だった」と書き出しています。その理由を渡辺さんは、日本十八世紀学会の会員が、多く18世紀欧州の文化・芸術・思想を研究する人たちであるためだと注記しています。


2024年4月14日日曜日

渡辺浩『日本思想史と現在』2

 

 本書は「その通念に異議を唱える」「日本思想史で考える」「面白い本をお勧めする」「思想史を楽しむ」「丸山真男を紹介する」「挨拶と宣伝」という6つの章から成り立っています。僕は「思想史を楽しむ」のなかの「浦上玉堂という異才」をまず読みました。もちろん玉堂が大好きな画家であり、しかも本書で取り上げられる唯一の画家だったからです。

これは高橋博巳さんの『浦上玉堂 白雲も我が閑適を羨まんか』(ミネルヴァ書房 2020年)に的を絞って、『日本十八世紀学会年報』に発表された書評です。出版後すぐ高橋さんから一本を贈られた僕は、いつもながらの高橋ワールドに感を深くしながら、一気に読了したものでした。

2024年4月13日土曜日

渡辺浩『日本思想史と現在』1

 

渡辺浩『日本思想史と現在』<筑摩選書0272>(筑摩書房 2024年)

 本書のコンセプトと成立について語る、表紙見返しの一文をまず紹介することにしましょう。

私たちは、私たちの文化と言語とを形成してきた永い歴史を受けて、その流れの中で、感じ、思い、考えている。では、過去にどのようなことがあったために、いま私たちはこのように感じ、思い、考えるのか。そして、その過去に気づくことによって、私たちは何をえられるのか――そうした日本思想史と現在の関わりについての問題を研究してきた著者が、これまでに様々な機会に発表してきた短い考察を集成。碩学による「日本」をめぐる長年の思想史探求を集成した、驚きと刺激に満ちた珠玉の小文集。

渡辺浩『日本思想史と現在』7

しかし渡辺浩さんは、先行研究が指摘した二つの点について、高橋博巳さんの見解が示されていないことが、やや残念だとしています。その先行研究というのは、大森映子さんの『お家相続 大名家の苦闘』(角川選書)と島尾新さんの『水墨画入門』(岩波新書)です。 僕も読んだ『お家相続 大名家の苦闘...