この「MINGEI」と名づけたお店は大成功、絹枝さんは店番と子育て、杉本さんは出張買い付けと役割分担をすることになり、すぐに離婚は取りやめになりました。目出度しめでたし!!
僕が杉本さんをニューヨークにお訪ねしたのはちょうどそのころでした。昭和61年1986春、以前「饒舌館長ブログ」に追悼の辞をアップしたステファン・アディス先生から招聘を受け、カンサス大学にゲストとしておもむきました。大したオブリゲーションもなく、ローレンスでの3ヶ月間は、夢のように過ぎていきました。
とくにローラ・インガルス・ワイルダーの「大きな森の小さな家」シリーズが大好きな僕は、毎日のように周辺をサイクリングしながら、ローラを追体験することができたんです。日本でいえば、ちょうど明治維新前後のアメリカです。






