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2026年8月9日日曜日

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!16


 

そのときアディス先生と一緒に、ニューヨークで開かれる日本美術シンポジウムに参加する機会に恵まれました先生から杉本さんを紹介された僕は、作品を見せてもらうべくお店にうかがいました。お店の名前は「SUGIMOTO」だったような気がしますが、あるいは「MINGEI」だったかもしれません

 たくさんの作品を拝見しましたが、ベストワンは狩野元信の次男秀頼の曾孫にあたる狩野元俊(隼人秀信)が描いた「松に錦鶏図屏風」でした。のちに「探幽と名古屋城寛永度造営御殿」という拙文を研究室紀要『美術史論叢』に寄稿したとき、この作品を挿図とともに昨日アップしたごとく使わせていただきました。

2026年8月8日土曜日

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!15


私は昭和六十一年春、ニューヨークの杉本博司家において、狩野元筆「松に錦鶏図屏風」六曲一隻を見る機会があった。紙本着色画で、雪の降り積む湾曲する松を一株、中心的モチーフとして画面右に配し、途中から枝を左に伸して雌雄の錦鶏を止らせている。背景には金泥による雲が描かれているが、若干後補もあるようだ。画面右下には「行年七十一歳 元俊筆」と落款があり、「狩野」朱文長方印、「藤秀」朱文印が捺されている。この作品を見たとき、私の胸に浮かんだのは名古屋城梅之間であった。もちろん主題が異なるのであるから、ただちに同一の画家という確信には至らなかった。しかも、七十一歳、万治元年(一六五八)の晩年期の作品である。寛永十年制作の梅之間とは当然径庭をもつべきなのである。 しかしながら、両者の間にはたがいに通い合う個性が感じ れてならなかった。 

2026年8月7日金曜日

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!14

  


 この「MINGEI」と名づけたお店は大成功、絹枝さんは店番と子育て、杉本さんは出張買い付けと役割分担をすることになり、すぐに離婚は取りやめになりました。目出度しめでたし!!

僕が杉本さんをニューヨークにお訪ねしたのはちょうどそのころでした昭和61年1986春、以前「饒舌館長ブログ」に追悼の辞をアップしたステファン・アディス先生から招聘を受け、カンサス大学にゲストとしておもむきました。大したオブリゲーションもなく、ローレンスでの3ヶ月間は、夢のように過ぎていきました。


とくにローラ・インガルス・ワイルダーの「大きな森の小さな家」シリーズが大好きな僕は、毎日のように周辺をサイクリングしながら、ローラを追体験することができたです。日本でいえば、ちょうど明治維新前後のアメリカです。

2026年8月6日木曜日

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!13

 


しかしもう10回を越えてしまいました。しかもこのあとに、ぜひ紹介したい展覧会やチョッと書いておきたいことが目白押しです。「杉本博司 絶滅写真」へのオマージュはこのあたりで中締めにしたいと思いますが、改めて杉本さんにお礼申し上げたいことがあります。

 

自伝『影老日記かげろうにっき』に「古美術開眼」の章があります。杉本さんが離婚の危機を迎えたとき、奥様の絹江さんは経済的に自立するため、ソーホーに小さな古民芸のお店を開きたいと言い出されたそうです。


しかし資金のなかった杉本さんは、お母さんに夫婦で経営をするからと言って借りることにしました――離婚するから貸してくれとは言えなかったとお書きになっていますが、そりゃ~そうでしょう( ´艸`) 

2026年8月5日水曜日

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!12

  

 私はこうして父親から受け継いだ落語のサゲを継承しつつも、そこに西行的虚無感と一休的頓知を加味して、現代美術のコンセプチュアルアートへと展開していった、といった現在の自己分析としておこう。自伝などというものはすべて後の祭りなのだ。これは評論家諸氏への私のリップサービスだ。

 杉本さんの「饒舌」ともいうべき自己分析は、みんな饒舌館長を含めた評論家へのリップサービスだったです。この軽みがすごくいい!! 今や大芸術家でありながら、尊大に構えることを潔しとしないユーモアに惹かれるのです


もっとも先の「ジオラマ」解釈にトクトクとしていた僕は、みごとハシゴをはずされたのでした( ´艸`) ハシゴははずされましたが、性懲りもなく「劇場」と「海景」について、日本美術とはシンプリシティーという持論にのっとって妄想と暴走をやるつもりでした


*上掲の会場写真は、饒舌館長ブログファン(?)讃岐博行さんの撮影です。とてもいい写真なので、お許しを得て使わせていただくことにしました。



2026年8月4日火曜日

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!11



 つまり杉本さんは脳細胞を働かせて、「ジオラマ」シリーズをこねくり出したわけじゃなかったのです。実のなかに虚を見てしまうという性癖を、杉本さんは生まれつき有していたです。それがでっかちの現代写真と一線を画す決定的理由でしょう。

 

杉本さんは「離人症」だといっていますが、これは『広辞苑』にも載っている言葉です。人格感喪失とも有感情喪失ともいわれる精神状態を指しています。しかしそこに、近松門左衛門以来のDNAが作用していたと見ることも不可能ではないでしょう。このような僕の「ジオラマ」分析は結構正鵠を射ているじゃないかなと思って「劇場」の章を読むと、杉本さんは最後をつぎのように〆ています。


2026年8月3日月曜日

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!10

  


 このような虚実皮膜の間にある写真によって、虚実皮膜の間にあるジオラマを写せば、それは虚実皮膜の間の二乗になります(!?) 本展第1章の「虚像を実像として提示するというコンセプト」というタイトルを、はるかに超えちゃっているように感じられます。

杉本さんの「ジオラマ」シリーズは、[虚実皮膜の間]もっとも完璧に視覚化した作品であり、近松演劇論の具体化、あるいはそれに悪乗りした杉本ワールドであったように思われるのです。しかしそれを巧んだわけではありませんでした。杉本さんはつぎのように告白しています。


 私には子供の頃からの性癖というかおかしな感覚があった。それは存在の希薄化とでも言うべきもので、私の見ているこの世界が本当に実在するのだろうか、というリアリティへの不信感だった。精神疾患として捉えると「離人症」と言われるらしい。

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!16

  そのときアディス先生と一緒に、ニューヨークで開かれる日本美術シンポジウムに参加 する機会に恵まれました 。 先生から 杉本さんを紹介され た僕は、 作品を見せてもら うべく お店に うかがいました。お店の名前は「SUGIMOTO」 だったような気がしますが 、あるいは「MIN...