私はこうして父親から受け継いだ落語のサゲを継承しつつも、そこに西行的虚無感と一休的頓知を加味して、現代美術のコンセプチュアルアートへと展開していった、といった現在の自己分析としておこう。自伝などというものはすべて後の祭りなのだ。これは評論家諸氏への私のリップサービスだ。
杉本さんの「饒舌」ともいうべき自己分析は、みんな饒舌館長を含めた評論家へのリップサービスだったんです。この軽みがすごくいい!! 今や大芸術家でありながら、尊大に構えることを潔しとしないユーモアに惹かれるのです。
もっとも先の「ジオラマ」解釈にトクトクとしていた僕は、みごとハシゴをはずされたのでした( ´艸`) ハシゴははずされましたが、性懲りもなく「劇場」と「海景」について、「日本美術とはシンプリシティーだ」という持論にのっとって妄想と暴走をやるつもりでした。
*上掲の会場写真は、饒舌館長ブログファン(?)讃岐博行さんの撮影です。とてもいい写真なので、お許しを得て使わせていただくことにしました。






