この養源院「白象図杉戸」を制作する前に、宗達は象を実際に見たことがあったにちがいないというのが、最初に対面したときのマイ直感でした。その後調べてみると、そのころ象が確かに日本へやって来ていたことが判ったので、『國華』論文にはつぎのように書いたんです。
伝松平忠明『当代記』によると、慶長2年1597中国から象が象使いとともにやって来ており、この年には別の一頭も渡来したという。また林輝等『通航一覧』によれば、同7年6月、交趾より生虎一頭、象一頭、孔雀二羽が徳川家康へ贈られている。象が生きていたのか剥製かよくわからないが、「虎は長崎に留め置き、其の余は上京せしむべしという、<按ずるに、此の頃東照宮後在京なれば、江戸に注進して、献物はまず京都に上せしなるべし>」とある。有名な享保13年1728の場合のように、洛中洛外の話題をさらったに違いない。若き宗達がこれらを見た蓋然性は、けっして低くないことになる。


