2021年5月12日水曜日

東京藝大美術館「渡辺省亭」展3

 

それまでぜひ拝見したものだと思いつつ、実見の機会はなかなか得られませんでした。それというのも、これは秘仏のような作品で、毎年旧暦の518日に1時間だけ公開されることになっていたからです。いつも時間の調整がつかず、ついに見ないままにきてしまっていました。これを見ずして、応挙の幽霊なんて書けるわけがありません。

しかしオファーがかかったあと、弘前大学の須藤弘敏さんが、青森県の文化財調査の一環として、これを調査するという情報がもたらされました。僕は無理を言って調査の一行に加えてもらい、ただこの一点を見るために、羽田から弘前へ向かったのでした。

予想に違わず、久渡寺の応挙筆「反魂香之図」は大変興味深い作品でした。実際にこれを詳しく調査できたおかげで、僕は「応挙の幽霊――円山四条派を含めて」という一文をまとめることができたのです。

2021年5月11日火曜日

東京藝大美術館「渡辺省亭」展2


その幽霊画を1冊の本にまとめて出版しようというのですから、こんな心躍るプロジェクトはほかにないでしょう。辻さんに是非やらせてくださいと、こちらからお願いしたことは言うまでもありません。

僕がその展示を見に行ったもっとも大きな目的は、研究対象の一人であり、尊敬して止まない画家・円山応挙の「幽霊図」が、必ず出るからでした。そのことを辻さんにしゃべったことがあったかどうか、記憶が定かではないのですが、応挙の幽霊図について書いてほしいというのが、辻さんからの依頼でした。しかし応挙の幽霊図についてまとめるとなると、弘前市の久渡寺が所蔵する、有名な応挙の優品「反魂香之図」を見ないわけにはいきません。

 

2021年5月10日月曜日

東京藝大美術館「渡辺省亭」展1

東京藝術大学大学美術館「欧米を魅了した花鳥画 渡辺省亭」<523日まで>

 渡辺省亭――僕にとっては「幽霊画家」です(!?) いま東京藝術大学大学美術館で開催されている渡辺省亭展のサブタイトルは「欧米を魅了した花鳥画」ですが、僕にとって省亭といえば幽霊画なんです!! というのは、1994年のはじめ、辻惟雄さんから谷中・全生庵で所蔵している幽霊画の図録を作るから、チョット手伝って欲しいというオファーがかかりました。

 1900811日に没した三遊亭円朝の忌日に合わせて、菩提寺である谷中・全生庵では、円朝忌の法要と円朝祭りが行なわれます。そのとき、円朝が蒐集して全生庵に寄贈したという幽霊画の展覧会が行なわれるのです。かつて東京国立文化財研究所につとめていた僕は、円朝忌になると、谷中のお蕎麦屋さんで昼飯を取りがてら、毎年のようにそれを見に行きました。 

2021年5月9日日曜日

虎吉社長その後

 


 先日、ノラネコ虎吉社長が5ヶ月ぶりに姿を現したので、驚くやら、ケナゲに生きていたのかと安心するやら、家族で大騒ぎなったことはアップしたとおりです。ところが、虎吉が雄姿を見せたのは2日間だけ、そのあとまたプッツリと音信不通になってしまいました。5ヶ月前に比べると、肉付きも豊かになり、毛並みも色艶がよくなるとともに、顔つきもノーブルになっていたので、よっぽどいいパトロンを見つけたにちがいないと思われました。

そこで中国・南宋の貧乏ネコ詩人・陸游の「粉鼻」という、調子のいいネコを揶揄した七言詩を紹介したというわけです。虎吉も「懐かしくなって、2日間ここのメシを食いに来たけど、やっぱり向こうの方がワンランク上で旨いや」と思って、もう来なくなったんでしょう。

「虎吉、けっして恨みなんかしないから、どうぞそちらで幸せにお暮らしください❣❣❣」

 そのとき虎吉の写真をアップしたら、FBフレンドの矢野尾さんが絵にして送ってくれました。すごく感じがよく出ているので、いまはどこかで安穏に暮らしている虎吉を思いやりながら、紹介させてもらうことにしましょう。

2021年5月8日土曜日

端午の節句2021 4

 

   中唐・殷尭藩「端午の日」

 若い時にはお節句で 華やぐ気分になったけど

 歳とりゃ深い感慨が 生ずることを誰が知る

 ヨモギの人形 門口に 飾る習慣 無視しつつ

 菖蒲酒[しょうぶざけ]飲み世の平和 語り合いたいじっくりと

 左右の鬢[びん]は白くなり 日ごと日ごとに目立ちだす

 錦手[にしきで]みたいなザクロだけ 毎年おなじに実るけど……

 千年からみりゃ人生は 賢者も愚者も一瞬で

 人はほとんど忘れられ 名を残すのはわずかだけ

2021年5月7日金曜日

端午の節句2021 3

 


もちろん中国では、端午にヨモギ酒を飲んで不老長寿を祈念したのでしょうが、僕はコロナに罹らないようにするため、作って飲むことにしたというわけです。これまで端午の節句には、毎年菖蒲酒ばかりでしたので、ヨモギ酒は初体験でしたが、来年はチャンとしたヨモギ酒を作ってみたいと思います。

ところで端午の節句といえば、それを詠んだすばらしい漢詩――殷尭藩の「端午の日」が思い出されます。殷尭藩はマイナーな中唐の詩人で、愛用する『中国学芸大事典』にも出てきませんが、この七言絶句は僕のような後期高齢者にとって、とくに感慨深いものがあります。

この詩では、ヨモギ酒ならぬ、ヨモギ人形が季語の一つになっています。漢詩に季語なんてないと思いますが() 去年もエントリーしたはずですが、ちょっとバージョンアップした戯訳で……。

2021年5月6日木曜日

端午の節句2021 2

昨日生まれてはじめてヨモギ酒をやりました。近くに住むメリーウィドーを呼んで、家族でカッパ寿司パーティをやった夕方に……。

 ヤジ「人を呼んでおいて、カッパ寿司なんかでやるな!!

菖蒲酒と同じように、焼酎にヨモギの葉を浮かべて飲んでみたのですが、どうということはありませんでした。それもそのはず、ネットで「ヨモギ酒の作り方」を検索すると、干したヨモギかヨモギ茶を焼酎に1ヶ月ほど漬け込まなくてはダメなんです!!

 ついでにレディーメイドのヨモギ酒もあるんじゃないかなと思って検索したら、やはりありました‼ 「蓬」というブランドで、ヨモギ草を漬け込んだリキュールとして出ていました。ともかくもネットというのは、便利この上ない怪物ですね!! 

2021年5月5日水曜日

端午の節句2021 1

 

 今日は55日――端午の節句です。このゴールデンウィークは、コロナのお陰で()静嘉堂文庫美術館も閉館になっていて、出勤の要もありません。その静嘉堂文庫の初代文庫長は重野成斎、名は安繹[やすつぐ]という歴史家にして漢学者です。以前から仰ぎ見ていましたが、このところとみに尊敬の念が増してきて、ゴールデンウィーク中は一杯やりながら、もっぱら成斎の著述や関連資料を読んで過ごしました。

端午の節句を迎えた今日は、かつて中国でこの日に飲んだという艾酒[がいしゅ]――ヨモギ酒を試みようと思っています。昨日散歩がてら摘んできたヨモギもスタンバイしています。市役所裏の公衆トイレの横に生えていたんです() 

植木久行さんの『唐詩歳時記』には、『金門歳節記』という書物に、「洛陽では『端午、朮羹[じゅっこう]・艾酒を作る』とあるので、艾草[よもぎ]の酒もあったらしい」と書かれています。

2021年5月4日火曜日

サントリー美術館「ミネアポリス美術館 日本絵画の名品」5

言うまでもなく、そのあたりのご馳走はアメリカンビーフのぶ厚いステーキと、カリフォルニア・ワインですが、痛風病み上がりの身としては控えざるをえません。みんな美味しそうに食べ、ガンガンやっているのに、僕一人だけが、パンとサラダとミネラル・ウォーターだったんです()

さて、最終日の前日、カート・ギターさん驕りのディナーからホテルに戻ると、小林忠兄から、明日シンポジウムの最後に、コメントをやってくれというメッセージが入っていました。話が違うじゃないか、急に言われたって無理ですよなんていうのは、日本美術史プロとしての沽券に関わります。

それから午前までかかって、Classism in Japanese Art of Early Edo Period なる英作文を試み、これにアドリブを加えて翌日しゃべったのでした。文字通りのドロナワでしたが、ともかくも準備できたのは、痛風のおかげで一滴も飲んでいなかったからでした(!?)

 

2021年5月3日月曜日

サントリー美術館「ミネアポリス美術館 日本絵画の名品」4

シンポジウム終了後、近くのハンフォードにあるクラーク日本美術研究センターで、コレクションを調査する時間が用意されており、もちろんこの「阿国歌舞伎図屏風」もそのなかにあって、とても興味を掻き立てられました。その日のことをサントリー美術館の会場で思い出したのです。

もっとも、この国際シンポジウムは別の意味でも忘れることができません。というのは、この直前、愛媛大学で開かれた美術史学会全国大会で、伊予の銘酒「梅錦」をしこたまやったのが悪かったらしく、現地で痛風の発作を起こし、まだ完治していなかったからです。生まれて初めての発作でした。

診てもらっていた東京女子医大・膠原病リウマチ痛風センター教授の山中寿さんから、再発作が起こりそうになったときの特効薬・コルヒチンをもらって、恐る恐る参加したシンポジウムだったからです。

 

2021年5月2日日曜日

サントリー美術館「ミネアポリス美術館 日本絵画の名品」3


 又兵衛工房や寛永時代の熱気やエネルギーはすでに沈静化して、引用によるソフィストケーションの効果に僕たちの関心が向く点からみると、制作年代は寛文年間から元禄時代に近いころでしょうか。

 先にあげたエリザベス&ウィラード・クラーク・コレクションの逸品だったこの「阿国歌舞伎図屏風」を、サントリー美術館で眺めていたら、19996月、カリフォルニア・ヴァイサリアのラディッソン・ホテルで開かれた「クラーク日本美術国際シンポジウム」がおのずと思い出されました。

クラーク夫妻が、親しかった小林忠さんにコーディネーションを依頼して、この国際シンポジウムを企画し、僕まで招待してくれたのです。しかも発表する必要はなく、ただ参加してくれればいいという、アシアゴ付きのじつに美味しい話でした(!?)

2021年5月1日土曜日

サントリー美術館「ミネアポリス美術館 日本絵画の名品」2

 


「僕の一点」は61隻の「阿国歌舞伎図屏風」ですね。中心をなす阿国歌舞伎の舞台が、左半分に大きくとらえられています。お馴染みの男装した阿国が、茶屋のおかかに戯れかかる「茶や遊び」のシーンです。

カタログ解説を担当した池田芙美さんは、舞台背後の囃子方女性たちの姿が、「歌舞伎図巻」(徳川美術館蔵)や「遊女歌舞伎図」(出光美術館蔵)のそれらと酷似しており、先行する初期歌舞伎図から図様摂取を行なっていることを指摘しています。

また、遊女に抱きつく男や、誘惑しようとする男たちとそれに応える女たち、桜の木の下で踊り狂う人々など、舟木本「洛中洛外図屏風」(東京国立博物館蔵)や個人所蔵の「花見遊楽図屏風」が、イメージ・ソースとして使われていること、つまり岩佐又兵衛工房の粉本を利用することができた絵師の彩管になる可能性を提示しています。すべて肯綮にあたる指摘だといわねばなりません。

東京藝大美術館「渡辺省亭」展3

  それまでぜひ拝見したものだと思いつつ、実見の機会はなかなか得られませんでした。それというのも、これは秘仏のような作品で、毎年旧暦の 5 月 18 日に 1 時間だけ公開されることになっていたからです。いつも時間の調整がつかず、ついに見ないままにきてしまっていました。これを見ず...