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2021年11月14日日曜日

菱川宗理筆「娘に猿図」2

菱川宗理の事跡については、かつて追悼の辞を捧げた永田生慈先生が「宗理考」(『國華』1062号)において明らかにしていますが、それによると文政元年(1818)ごろ没したようです。

「娘に猿図」には狂歌師・鹿都部真顔[しかつべのまがお]が「振袖をなぶるは何か見しきゝし人にいはざるやうにたしなめ」という狂歌賛を加えています。仏教における重要な三つ要素を三匹の猿に託して教えた伝教大師の見ざる・聞かざる・言わざるをもじって、娘の秘めた恋をからかっているようです。

これにならって有名な画題「猿猴捉月」ならぬ「猿猴捉裾」から解釈することもおもしろいでしょう。水に映る月影と女性の美しさは所詮はかないものだという寓意であるというのが、饒舌館長の独断と偏見です( ´艸`)

 

2021年11月13日土曜日

菱川宗理筆「娘に猿図」1

葛飾北斎の弟子として活躍した浮世絵師・菱川宗理の彩管になるこの「娘に猿図」は、肉筆浮世絵の蒐集に情熱を傾けた氏家武雄氏のコレクションを代表する優品として、古くから高く評価されてきました。間もなく出る『國華』1513号に、饒舌館長が改めてこれを紹介することになりました。

葛飾北斎は一時期、初代俵屋宗理の跡を継いで「宗理」を名乗り、いわゆる宗理型美人に健筆を揮います。たとえば寛政9年(1797)に出版された狂歌絵本『柳の絲』は、かの「冨嶽三十六景」<神奈川沖浪裏>のプロトタイプを示す「江嶋春望」を含むことでよく知られますが、この落款も「北斎宗理画」となっています。しかし北斎は、寛政10年(1798)冬のころこの号を門人の宗二に譲ってしまいます。これすなわち菱川宗理です。

 

2021年11月12日金曜日

三菱一号館美術館「印象派」8


いずれにせよ、ティツィアーノやコローの場合には、多かれ少なかれ、写実的描写と深く結びついていましたが、東洋の指墨や指頭画においては、むしろ写実から――東洋画論の言葉を使えば「形似」から距離を置くことが目指されていたように思います。じつに興味深いことじゃ~ありませんか!! 

 ブッチャケをいえば、このような美術史的伝統や意義なんかはどうでもよく、単にコローが大好きなんです。あの「銀灰色」とたたえられる色調のうちに生み出される風景画――本当の自然のように見えながら、実はきわめてイリュージョニスティックなコローの風景画に対して、どのようなオマージュを捧げればよいのでしょうか。

コローはフランス・バルビゾン派の画家ですから、フランス人が大好きであることは言うもでもありません。しかし、それ以上にアメリカ人が愛して止まないそうですね。だからこそ、高階秀爾さんから教えてもらったあのジョークが生まれたのでしょう。

「コローの真筆は3000点ある。そのうちの5000点がアメリカにある‼」

 

 

2021年11月11日木曜日

三菱一号館美術館「印象派」7

キューピットの足の陰影や、そのキューピットが手を置く壷のグラデーションなどを、右手の人差し指で巧みにつけていました。ときどき薬指や小指も使っていました。もちろん基本的な描写は画筆で行なうのですが、指を使わなければ、とてもうまくコピーできないといった調子でやっていました。

そして一段落すると、鏡を持ち出して自分のコピーを映し、出来具合を確かめているんです。この鏡に映して確認するというのも、伝統的なやり方なのでしょうか?

鏡はともかく、洋画指頭技法の伝統が、いまだに生きているんだと、とても興味深く感じられるとともに、また妙に感心したものでした。もっともその時は、まだティツィアーノだけで、コローのことを知りませんでしたが……。

 

2021年11月10日水曜日

三菱一号館美術館「印象派」6

円山応挙や伊藤若冲から田窪恭二さんの障壁画まで、よくぞこれだけパリまで運んだものだと驚くような展覧会でしたが、チョット空き時間ができたので、やはりルーブル美術館へ出かけました。

そこでとてもおもしろい光景に出くわしたんです。スキンヘッドの若いアーティストが、大きなイーゼルを立てて、 あまり有名とはいえないイタリア・バロックの画家、ピエトロ・ベレッティーニの「ヤコブとレイバンの契り」という作品を模写していました。

大きな縦長画面の空の部分はカットして、人物の場面だけを原寸大で横長キャンバスに、しかもポリクロームの原画をモノクロームで、つまりグリザイユでコピーしていました。後ろで見ていると、この画家は盛んに指を使ってぼかしを入れているんです。

 

2021年11月9日火曜日

三菱一号館美術館「印象派」5

 

この事実を大変おもしろく感じた僕は、20年近く前「大雅指墨試論」なる拙文を書いたとき、註にこれを引用したのでした。大雅の指頭画とはまったく無関係でしたが……(笑)

その後コローもこれを使っていたことを知ったのですが、今回「魚を運ぶ釣り人」を見て、やはり本当だったんだと確信することができたんです。僕が目視で確認しただけですので、あるいは間違っているかもしれませんが、今や光学的調査を施せば、簡単に判明することでしょう。

さらに愉快なのは、ティツィアーノやコローの伝統が、いまも生きていることなんです。2008年秋、パリのギメ美術館で「讃岐金比羅宮障壁画展」が開かれ、ほんのわずかお手伝いした僕にも招待状が来ました。

2021年11月8日月曜日

三菱一号館美術館「印象派」4

 

東洋画には、指墨とか指頭画とかいって、指や手のひらや爪に墨をつけて描く技法があります。今回コローも相似た技法を使っていたことを確認することができて、とてもうれしくなったんです。もっとも、ルネッサンス・ヴェネツィア派最大の画家ヴェチェルリオ・ティツィアーノが指頭技法を用いていたことは、辻茂先生の世界美術全集8『ティツィアーノ』(集英社 1978年)を読んで知っていました。

ティツィアーノに学んだパルマ・イル・ジョーヴァネが、師の技法を伝えているそうです。それによれば、ティツィアーノは最終的な仕上げの段階に達すると、指でハイライトから中間色へぼかすことや、人物を生き生きとさせるため、指で少しアクセントをつけることを行なっていたんです。その段階では、筆よりも指で描かれることの方が多かったというのです。


前田青邨画伯50回忌法要 3

   画伯の お 弟子 さん である平山郁夫先生や 、お嬢さんの日出子 さんとご夫君の 秋山光和先生をはじめ、たくさんの方が参加されましたが、僕もそのなかに入れてもらった ん です。 東北大学からこの 貴重な作品 を借り出 してきた辻惟雄さんのカバンモチだったかな ( ´艸`) ...