いずれにせよ、ティツィアーノやコローの場合には、多かれ少なかれ、写実的描写と深く結びついていましたが、東洋の指墨や指頭画においては、むしろ写実から――東洋画論の言葉を使えば「形似」から距離を置くことが目指されていたように思います。じつに興味深いことじゃ~ありませんか!!
ブッチャケをいえば、このような美術史的伝統や意義なんかはどうでもよく、単にコローが大好きなんです。あの「銀灰色」とたたえられる色調のうちに生み出される風景画――本当の自然のように見えながら、実はきわめてイリュージョニスティックなコローの風景画に対して、どのようなオマージュを捧げればよいのでしょうか。
コローはフランス・バルビゾン派の画家ですから、フランス人が大好きであることは言うもでもありません。しかし、それ以上にアメリカ人が愛して止まないそうですね。だからこそ、高階秀爾さんから教えてもらったあのジョークが生まれたのでしょう。
「コローの真筆は3000点ある。そのうちの5000点がアメリカにある‼」
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