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2019年1月6日日曜日

謹賀新年6


後期高齢者であることを忘れて、僕が選ぶ№1は、「元旦」と同じく七言絶句の「夜直」です。夜直は宮中で宿直すること、王安石が都の汴京(現在の開封)にいたときの詩ですが、いつの作かは分からないそうです。

僕が東京国立文化財研究所につとめていたころ、セコムだったか、アルソックだったか、ともかくも警備会社が入るまで宿直がありました。大晦日に当たったときは、紅白歌合戦を見ながら独り酒、元旦に当たったときはヤケ酒(!?)――今では懐かしい思い出です。しかし、さすが王安石はすごい! 僕と違ってお酒なんか一滴も飲まず、こんな素晴らしい詩を吟じてしまうんです!! 「オマエと天下の王安石を比べたりするな!!!

 金の炉に香 燃え尽くも 時報の太鼓にゃ余韻あり

 波打つ微風 闇に乗り 吹くたび春寒つのりたり

 だが春の気配なまめいて 眠ることさえ出来ぬ俺

 傾く月に花の影 欄干[おばしま]までもせり上がる

2019年1月5日土曜日

謹賀新年5


これは王安石が遼の使者を見送るため、国境まで行ったとき、出発にあたってその文淑に与えた詩とされますが、なお疑いも残るそうです。いずれにせよ、後期高齢者の僕にとって、もっとも心に沁みる詩でした。

 若いときでも別れとは 気軽なものじゃないけれど

 老いてはたまに出会っても いつまた会えると胸痛む

 料理は厨[くりや]の有り合わせ それを肴に語り合う

 照らす灯火[ともしび]ほの暗く 思い出話に花が咲く

 何たることぞ! 鄞[ぎん]県で 別れて暮らした三年間

 なのに今度は何万里 砂漠遥かな旅路とは!

 「次にふたたび会えるのは いつの日かしら」と訊かれれば

 「雁が南へ飛ぶころにゃ きっと手紙も出せるよ」と……

2019年1月4日金曜日

謹賀新年4


また蘇東坡の方も、黄州への遠地追放を解かれて汝州へ転任する途中、南京に隠棲していた王安石を訪ねて、楽しく語り合ったそうです。すごくいい話ですね。解説者の清水茂さんも、「これらの詩人たちは、文学者としては、友人となり得る大らかな人たちであった」とたたえています。

今年のお正月は9連休、一杯機嫌で戯訳をつけながら、王安石と遊ぶことにしたというわけです。王安石は下戸だったらしく、『中国詩人選集』に将進酒のような詩は一首もありません。しかも謹厳実直を絵に描いたような王安石ですから、ほろ酔い戯訳など、天上から一喝されてしまいそうですが……。

その中からここに紹介するのは、「長安君に示す」という七言律詩です。長安君とは王安石の妹である文淑のことです。張圭という人の妻となり、長安県君という称号を朝廷からもらったからだそうです。

2019年1月3日木曜日

謹賀新年3


その蘇東坡と対立したのが、新法党の盟主・王安石ですが、そのときは執筆に追われて、『中国詩人選集』をじっくり味わうこともなく書き終えてしまいました。それなら脱稿後、ゆっくり読めばよかったじゃないかと叱られそうですが、そこはやはり怠惰な人間、書き終わったら忘れるともなく忘れてしまいました。

これに限らず、執筆中は「書き終わったら、もう少しちゃんと勉強しよう」と思いながら、原稿が手から離れると、ホッとしてもうやる気が失せているというのは、毎度お馴染みだといってよいでしょう。

ところで、王安石と蘇東坡は政治上のライバルでしたが、詩人としてはおたがいに資質を評価していました。王安石は、15歳も若い蘇東坡の詩と同じ韻字を使って6首も詠んだそうです。

2019年1月2日水曜日

謹賀新年2


 渡部さんのお陰で、そーだ、今年のお正月は王安石を楽しもうということになり、またまた『中国詩人選集』二集を引っ張り出してきて、初詣など行かず心静かに過すことにしました。もちろんお屠蘇や、頂戴した「王舎城」「呉春」「立山」「百年の孤独」「北一」「魔王」「真澄」「宮城峡」をやりながらです。すべて銘酒、順番などつけがたく、銘柄はアイウエオ順です(!?) 

かつて『國華』に投稿し、最近出した『文人画 往還する美』にも収録した拙文「田能村竹田の勝利」については、すでにアップしましたね。そのなかで、竹田は尊敬する蘇東坡に、みずからをなぞらえようとしたのではないかという私見というか、仮説というか、ともかくも思いつきを提出しました。

当時の経世済民政策論争において、旧法党に属して「万言の書」を提出した蘇東坡と、一揆を起こした農民の側に立って「建言書」を出した竹田の姿が、ダブルイメージのごとく、重なってみえたからです。

2019年1月1日火曜日

嵯峨嵐山文華館「胸キュン!嵐山」6

 周恩来のいう「姣妍」を「艶かしい」と訳したのですが、つまり美しいという意味でしょう。彼は雨中の嵐山を、日本人と同じように美しいと感じたのです。しかしそれだけではなく、真理探究の過程におけるよく似た瞬間を想起している点が、はじめて見た時にとても興味深く感じられたのです。


「姣妍」という審美が、真理という認識との関係においてとらえられています。それはやはり、中国人である周恩来に、自然を真のシンボルとしてみるという伝統的な中国の自然観が、そなわっていたからなのではないでしょうか。


このような私見が認められるか否かは別にして、嵯峨嵐山文華館の隣に建つ詩碑を、そのリニューアルオープン記念おしゃべりトークで、我ながらうまく使ってイントロに仕立てたなぁ――初めよければすべてよしだと独り言ちながら、満員の「のぞみ」で祝杯をあげつつ帰宅したことでした() 

謹賀新年1


明けましておめでとうございます。今年も「饒舌館長」をよろしくお願い申し上げます。

  旧年過ぎゆき新年を 爆竹聞きつつ迎えたり

  お屠蘇に舞い込む早春の 暖かい風吹き初めて……

  すべての家にキラキラと 輝く朝日差し込めば

  古いお札[ふだ]を新しい お札にみんな張り替える

 これは北宋の政治家にして詩人である王安石の「元旦」という七言絶句です。「詩跡の狩人」とたたえられる渡部英喜さんの『漢詩歳時記』(新潮選書)から採りました。王安石はとくに絶句を得意としたそうですが、確かにお正月のモチーフをたくさん散りばめながら、華やいだ雰囲気をよく感じさせてくれます。もとの詩を読み下せば次のとおりですが、今年も漢詩はすべて戯訳でいくことをお許しくださいね。

爆竹の声中一歳除き 春風暖を送って屠蘇に入る

 千門万戸曈曈たる日 総て新桃を把って旧符に換う

江戸東京博物館「江戸博×出光コレクション初共演 浮世へのいざない」4

   もっとも『肉筆浮世絵大観 3 < 出光美術館 > 』 に解説を担当した大久保純一さんは、 岩田秀行さんの教示に よると礼を尽くしつつ 、先の5代目岩井半四郎を初代岩井紫若 にあてて います。  満月を浮かべる青い夜空、川面に映る 月影や 往来する舟の影、役者や橋杭が地上に作...