「姣妍」という審美が、真理という認識との関係においてとらえられています。それはやはり、中国人である周恩来に、自然を真のシンボルとしてみるという伝統的な中国の自然観が、そなわっていたからなのではないでしょうか。
このような私見が認められるか否かは別にして、嵯峨嵐山文華館の隣に建つ詩碑を、そのリニューアルオープン記念おしゃべりトークで、我ながらうまく使ってイントロに仕立てたなぁ――初めよければすべてよしだと独り言ちながら、満員の「のぞみ」で祝杯をあげつつ帰宅したことでした(笑)
以上、おもに松長有慶氏の『密教・コスモスとマンダラ』によって、密教やそのイメージ化である曼荼羅が、感覚主義的であり、象徴主義的であり、現実肯定 主義 的であることを明らかにしました。もちろんこれは松長氏の密教 論であるわけですが、94年の生涯を密教研究に捧げつくした松長氏の見解に...
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