とくに佐藤康宏氏がはじめて紹介した蕪村筆「倣唐寅夏山訪隠図」の意義は、きわめて大きいものがあります。このような唐寅への尊敬を高めた契機として、仮託本ともされる『唐六如先生画譜』があったようにも思われます。
さらに唐寅は明時代を代表するすぐれた詩人でもあり、それは画家にして俳諧師であった蕪村の生き方とまったく同じでした。しかも唐寅はみずから「江南第一風流才子」と名乗った自由人でしたから、それも蕪村が強く憧れ、理想とするところだったにちがいありません。
上層町衆を含めた当時の知識人は、能謡曲に馴れ親しみ、日々の生活 に彩りを添え 、また社交の ヨスガ としていました。ウソだと思う方は、拙論「宗達と能」や「光琳と能」をご笑覧くださいませ ( ´艸`) 野々村仁清も、仁清を支援し仁清焼を 好んで用いた 町衆も、門前に ...
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