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2018年6月14日木曜日

優先席3


第一案は、全座席を優先席にしてしまうものです。窓という窓に、「優先席」のステッカーを張っちゃうんです。席という席に、「優先席」と織り込んじゃうんです。つり革というつり革に、「優先席」のマークをつけちゃうんです。

やはり優先席というのは、現代生活を快適にするために、あるいは成熟した現代社会が獲得した優しさのシンボルとして、とくに少子高齢化という大問題に直面する我が国が率先垂範すべき、すばらしいアイデァですよね。だから、全座席を優先席にしちゃうんです。

僕はまだ若いつもりでいますが、優先席の前に立つと、ときどき席を譲られることがありました。見ていると、優先席の前に立った老人や赤ちゃんマークをつけた女性が、席を譲られることもあります。日本人もまだ捨てたもんじゃありません。

全部を優先席にすれば、当然のことながら、席を譲る人、譲られる生活弱者の数は、今より確実に増えるでしょう。もちろん、今と同じで、誰が前に立とうと譲らない人は譲らないと思います。しかし、現在でも譲る人がいるわけですから、全座席を優先席にしてしまえば、その割合で、譲られる生活弱者はきっと増えることになります。

2018年6月13日水曜日

優先席2


 最初に席を譲らない日本人を批判した外国の方と、それに異を唱えた青戸さんのどちらが正しいのでしょうか? おそらく、どちらも正しいのでしょう。あるいは、どちらも正しくないのかもしれません。だからこそ、ずいぶん以前から、しかも絶えることなく、優先席問題は論じ続けられているのだと思います。つまり、この問題に関して、絶対的な解決策など存在しないのではないでしょうか。

だからといって、ハナからあきらめてしまうんじゃ、能がありません。少しでも不満をもつ人が少なくなるように、少しでも多くの人の納得が得られるように、そして少しでも車内の雰囲気がよくなるように、僕なりに頭をひねってみました。いくつかの解決策が浮かんできたので、それをご披露することにしましょう。

なお、現在、優先席のステッカーには、「お年寄りの方」「からだの不自由な方」「内部障がいのある方」「乳幼児をお連れの方」「妊娠している方」と書いてあります。ここではこれらの方々を「生活弱者」とよぶことにしましょう。

2018年6月12日火曜日

静嘉堂「酒器の美に酔う」<お酒の絵>9


結句の「籀文」とは、篆刻の一書体である大篆のことですが、なぜここに「籀文」が出て来るのか、頭をひねってしまいます。自賛の字は普通の行書であって、大篆じゃないからですが、すでにある古詩をそのまま引っ張ってきているのかもしれません。あるいは、海屋が大篆で自刻印を作ったことがあったのでしょうか。はたまた、海屋が七絶をみずから作って大篆で書いたことがあり、その七絶をふたたびここに使ったのでしょうか。よく分かりませんが、古詩の引用と考えて……

    落ち込んだので小盃で ちょっと三杯やったけど

    気分は晴れず仕方なく 大きな雲を描いてみた

    胡麻塩頭もハゲとなり 俗事に染まるを自嘲する

    せめて印だけ苦労して 大篆用いて彫ってみた

2018年6月11日月曜日

静嘉堂「酒器の美に酔う」<お酒の絵>8

F貫名海屋「墨竹図」(静嘉堂文庫美術館蔵)

「おしゃべりトーク」配布資料では、『國華清話会会報』に書いた「わが愛する三点 ジャンク?で一杯」を引用しましたが、これはすでに「饒舌館長」にもフェイスブックにもアップしたところですので、代りに出陳中の貫名海屋筆「墨竹図」を紹介することにしましょう。海屋は幕末のすぐれた文人画家にして書家、静嘉堂文庫美術館が所蔵する「墨竹図」も、それをよく実証しています。画面右上には、次のような七言絶句の自賛があります。

磊塊[らいかい][そそ]ぎ来たる三{王+戔}[さんせん]の酒

牢騒[ろうそう]写し出だす一泓[いちおう]の雲

自ら嗤[わら]う塵海の霜顚禿[そうてんとく]

刻苦 斯[ここ]に鈎するに籀文[ちゅうぶん]を将[もっ]てす

2018年6月10日日曜日

静嘉堂「酒器の美に酔う」<お酒の絵>7




E渡辺京二『逝きし世の面影』

スミスは長崎で千鳥足の酔漢をしばしば見かけたし、ボンベは夜九時すぎると、長崎の街を通る人間の半分は酔っぱらっていると言っていたのではなかったか。フォーチュンも「日が落ちると、江戸全体が酔っぱらう」と言っている。「これはむろん誇張ではない。うたがいもなく、飲酒癖は今日他の国々では幸せにも知られていない程度にまで広まっている。街頭で出会う顔は怪しくも真赤で、酒をたっぷりと召し上がったことを正直に示している。」

  渡辺京二さんは熊本に住む哲学者で、著書『逝きし世の面影』は名著の誉れ高く、僕も多くを学ばせてもらってきました。すでに「饒舌館長」でも紹介したところですが、今回の引用を機に、一人でも多くの方にお読みいただきたく、改めてフェイスブックにアップすることにしました。渡辺さんはいま88歳にして、お元気で活躍を続けていらっしゃいます。石牟礼道子さんの活動を長く支えていらっしゃいましたが、2月に石牟礼さんが亡くなったとき、『朝日新聞』でその凛とした思想と真摯なお仕事ぶりを知り、改めて尊敬の念を高くいたしました。

2018年6月9日土曜日

静嘉堂「酒器の美に酔う」<お酒の絵>6


D坂口謹一郎『日本の酒』 

 日本の酒は、日本人が古い大昔から育てあげてきた一大芸術的創作であり、またこれを造る技術のほうから見れば、古い社会における最大の化学工業のひとつであるといえる。したがって古い時代の日本の科学も技術も、全部このなかに打ちこまれているわけであるから、日本人の科学する能力やその限界も、またその特徴もすべて、この古い伝統ある技術をつぶさに調べることによってうかがい知ることができるであろう。
 このような立場から眺めると、日本の酒には、きわめて独創的な創意工夫が数多く見いだされるのである。われらは、日本の酒の古くからの造り方を究めることによっても、日本民族が、科学上の独創力においても他に劣るものではなく、また中国技術の影響をうけたにしても、中国周辺の他の諸国とは異なり、決してそれをウノミにしてはいない、という自信を深めざるをえない。

2018年6月8日金曜日

静嘉堂「酒器の美に酔う」<お酒の絵>5


C河野元昭「玉堂と酒」(『江戸名作画帖全集』Ⅱ<玉堂・竹田・米山人>) 

このような観点から考えるとき、興味深いのは「東雲篩雪」という題である。基本的に、この題が李楚白筆「腕底煙霞帖」の「凍雲欲雪」から取られていることは、字面の相似によって明らかであろう。しかも、玉堂は構図までそれから借りてきているのだから、ますます疑いないことになる。

ところで、問題は「篩雪」の語である。すでに指摘されるように、これは篩[ふるい]でふるうがごとくに雪が降ってくる情景を表わしたものだが、中国語にこのような熟語は存在しない。少なくとも一般的ではなかったらしく、諸橋轍次編『大漢和辞典』や『佩文韻府』にも見出せない。

ところが、注目されるのは「篩酒」という言葉の存在である。これは酒を酌むとか酒を注ぐ意味である。そもそも「篩」一字に、酒を注ぐとか酌をするという意味があるという。「凍雲欲雪図」から霊感を得て山水を描いた玉堂が、さて題をつける段になり、「篩酒」からの類推で「篩雪」という言葉が浮かび、はたと膝を打って「欲雪」に代えた可能性は、充分に考えられるのではないだろうか。

なぜなら、玉堂自身そのとき微醺を帯びていたからである。もちろん、これは私の単なる思いつきではない。玉堂自身、次のように詠んでいるのである。

    松窓篩雪月清涼  窓を通して松が見え 篩[ふるい]から雪 降るごとし 
    竹葉鳴風残夜長  竹 風に揺れ 月さやか まだ夜明けには時間あり
    老却惟于琴自得  ずいぶん年をとったので 琴さえ弾いてりゃ楽しいが
    憂来頼有酒相忘  たとえ落ち込んだとしても 酒があるから大丈夫


         

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!14

    この「MINGEI」と名づけたお店は大成功、絹枝さんは店番と子育て、杉本さんは 出張 買い付けと役割分担をする ことになり 、すぐに離婚は取りやめになりまし た。 目出度しめでたし!! 僕が杉本さんをニューヨークにお訪ねしたのはちょうどそのころ でした 。 昭和61年 1...