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2017年8月31日木曜日

赤須孝之『伊藤若冲製動植綵絵研究』3


最近『國華』に寄稿した「田能村竹田の勝利」がその典型で、全部を読んでもらわないと何が言いたいのかよく分からず、読んでいるうちにとんでもない方向に行ってしまうので、前の方を忘れちゃうというような構成?になっています。これまた以前『國華』に寄せた「行路の画家蕪村」の続きをいま書いているところですが、まったく同じようなズルズル・スタイルになりつつあります。

しかし科学者の赤須さんは違います。187ページに「結語」があって、これを読めばすべてが一瞬にして分かるようになっています。そもそも人文的人間の僕が、この本全体を要約することなどとてもできそうにありません。「結語」のもっともコアとなる部分を引用させていただき、内容紹介に代えることをお許しください。

若冲は自分の発見した「形態形成の原理」、すなわち「フラクタル構造」、「種の起源」(「個体差」、「突然変異」、「異種間の差異」、「相似器官」)、「朝顔の斑入りの原理」を、哲学的には「道」、宗教的には「仏」または「神」の現れの一つと考え、哲学的には「万物斉同」、宗教的には「一切衆生悉有仏性」および「草木国土悉皆成仏」を信奉している可能性がある。

2017年8月30日水曜日

ひらがな刻んだ平安の土器4


 828日、『國華』編輯委員会があったので、佐野みどりさんに新聞記事を見てもらい、王朝美術史家?の立場から、この須恵器和歌を読んでもらいました。結論としてというか、口惜しいことにというか、はたまた恥ずかしいことにというべきか、平川さんの読みが正しく、僕のは間違っていることがはっきりしました。新聞に載った「われによりおもひくゝらむしけいとのあはすや<み>なはふくるはかりそ」が、やはり正解のようです。

僕が間違ったのは、「我により」というのが、平安和歌としてちょっと生硬に感じられたからです。「おも」の「お」の下にもう一字あるのが、写真ではほとんど分からなかったので、「お」を漢字の「思」に読んでしまったからです。さらに、「<み>」つまり変体仮名「見」の上部が、欠損を免れてちょっと見えているのに、それを見落としてしまったからです。

現物を見ていないとはいえ、専門家の平川さんと佐野さんには脱帽せざるをえません。 それでは、このひらがな和歌を漢字交じり文にすると、「我により思ひ括らむ絓糸の会はず止みなば老くるばかりぞ」ということになるのでしょうか。いずれにせよ、歌意は先に掲げた僕の現代語訳とあまり違わないように思うのですが(!?)

2017年8月29日火曜日

ひらがな刻んだ平安の土器3


それはともかく、僕が一番興味深く感じたのは、これが散し書きになっていることでした。お皿の右三分の一ほどを空けて、一語一語の言葉には関係なく、5行に分けて書いています。円いお皿ですからそうなってしまったのかもしれませんが、1行目が斜めになっている点など、もう完全に散し書きです。

もしちゃんとした書き方にしようとすれば、お皿の中央に、正しく575775行に分けて書くことも十分可能だったでしょう。

散し書きの完成されたスタイルを示す三大色紙は、みな11世紀後半以降の書写と考えられていますから、このお皿が10世紀前期から中期にかけてのものであるとすれば、散し書きの展開という観点からも、非常に重要な遺品だということになるでしょう。

よろしければ、この「饒舌館長」の<静嘉堂文庫美術館「私の好きな茶道具ベスト10」17・18《寸松庵色紙》>を併せご笑覧くださいませ。

 

 

2017年8月28日月曜日

ひらがな刻んだ平安の土器2


さっそく僕もそのカラー写真で読んでみましたが、なかなかむずかしく、スンナリとはいきません。行きつ戻りつ、最終的に「われにまて思ひくゝるもしけいとのあはすすたるはふくるはかりに」としてみました。漢字交じりに直せば、「我にまで思ひ括るも絓糸の会はず廃るは老くるばかりに」となります。

絓糸[しけいと]とは、繭の一番外側の部分から繰り取った粗悪な絹糸、いってみれば屑糸のことです。『日本国語大辞典』を引いてみると、「わがこひは賎のしけ糸すぢよわみたえまはおほくくるはすくなし」という、『金葉集』からの実に愉快な一首が出ていました。

土器の歌を現代語にすれば、「貴方は私にまで深い思いを寄せて下さったけれども、これから先、絓糸織りの隙間のように会うこともなく、また傷みやすい絓糸織りのように衰えていってしまったら、お互いに爺むさくなっていってしまうでしょう。そうならないように、時々はお会いしたいものですね」となるでしょうか。

もっともこの解釈は、最近における僕の気持ちを込めた感情移入的なものです。アインフュールングです。リップスであり、フォルケルトです。それにしたがって、無理に読んだ字もあるんです(!?) 

2017年8月27日日曜日

ひらがな刻んだ平安の土器1


ひらがな刻んだ平安の土器

 826日の朝日新聞に、「ひらがな刻んだ平安の土器」という見出しで、山梨県甲州市塩山下於曽にあり、平安時代と推定されている「ケカチ遺跡」の居館跡から、和歌を刻んだ10世紀半ばの土器が見つかったというニュースが載りました。日本文化史上のビッグニュースです!! 

土器を調べた山梨県立博物館館長・平河南さんの、「中央から地方へのひらがなの伝播を知る上できわめて重要だ」という談話も添えられています。さすが地方美術館の館長さんです。

それは甲斐型土器と呼ばれる素焼きの土師器の皿で、直径は約12センチだそうです。その内面に、一文字の欠損部分を含め、31文字が5行にわたって刻まれているとあり、カラー写真でもかなりはっきりと読むことができます。平川さんによると、ひらがなが成立したとされる『土佐日記』(935年ごろ)に近い時期の一等資料です。

新聞に添えられた釈文は、「われによりおもひくゝらむしけいとのあはすや<み>なはふくるはかりそ」となっています。<み>は欠損部分のため推定したものであり、<ゝ>は<る>かもしれないとあります。この和歌は、『万葉集』などにないオリジナルの和歌だそうです。

2017年8月26日土曜日

赤須孝之『伊藤若冲製動植綵絵研究』2



 美術史研究者の書く論文には結論というものがありません(!?) 知らない間に始まって、知らない間に終わるズルズル・スタイルになっています。「おわりに」とあるので結論かなと思って読んでみると、時間切れで尻切れトンボになってしまった言い訳や、これからさらにやりたい夢みたいなことがルル述べてあって、「すべては後考に俟ちたい」などとハシゴを外される羽目になるのです。

これらは清水幾太郎先生が、名著『論文の書き方』で厳に戒めているところだったような気がしますが……。

もっとも最近は、美術史でも最初に内容の要約とキーワードをならべ、最後に結論を掲げる論文も増えてきました。若い研究者が紀要や学会誌に書く論文は、すべてこのスタイルになっていると言ってよいでしょう。しかしこれも元をたどれば、似非科学ともいうべき人文科学の論文も、本当の科学の論文の体裁にならうべしという、文部科学省の指導によるところのような気がします。

少なくとも僕は、ズルズル・スタイルです。若いころは、正しいスタイルで書いたこともありますが、もうこのごろはズルズル・スタイルのどこが悪い!!と居直っています。

 

2017年8月25日金曜日

赤須孝之『伊藤若冲製動植綵絵研究』1


赤須孝之『伊藤若冲製動植綵絵研究 描かれた形態の相似性と非合同性について』
                                                        (誠文堂新光社 2017年)

 今や世界的人気スター画家・伊藤若冲に焦点を合わせた、すごくおもしろいオススメ本が出ました!! 著者の赤須孝之さんは大腸ガンの権威、200107年の大腸ガン患者手術執刀数は日本一だったそうです。当然、赤須先生とお呼びすべきところですが、「饒舌館長」の「幽明界を異にされた方のみ先生と呼び、お元気な方はすべて<さん>づけとする」というルールに従って、赤須さんとお呼びすることにしますね。

「目から鱗が落ちる」とは、こういうことをいうのでしょう。科学者が若冲畢生の傑作「動植綵絵」を取り上げて、それを科学的に、客観的に、しかも徹底的に分析した本なんです。パラパラとページを繰れば、並みの美術本じゃないことはすぐに了解されます。

しかしページなんか繰らなくたって、表紙を見ただけで即わかります。『伊藤若冲<製>動植綵絵研究』なんです!! 美術史研究者だったら、絶対「伊藤若冲<筆>」というところでしょう。若冲が製作した作品であって、筆写したものでも制作したものでもないという科学者の即物的なものの見方が、まず何よりも本のタイトルに現われているのです。この<製>に、この本のおもしろさが象徴されています。

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!18

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