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2017年8月30日水曜日

ひらがな刻んだ平安の土器4


 8月28日、『國華』編輯委員会があったので、佐野みどりさんに新聞記事を見てもらい、王朝美術史家?の立場から、この須恵器和歌を読んでもらいました。結論としてというか、口惜しいことにというか、はたまた恥ずかしいことにというべきか、平川さんの読みが正しく、僕のは間違っていることがはっきりしました。新聞に載った「われによりおもひくゝらむしけいとのあはすや<み>なはふくるはかりそ」が、やはり正解のようです。

僕が間違ったのは、「我により」というのが、平安和歌としてちょっと生硬に感じられたからです。「おも」の「お」の下にもう一字あるのが、写真ではほとんど分からなかったので、「お」を漢字の「思」に読んでしまったからです。さらに、「<み>」つまり変体仮名「見」の上部が、欠損を免れてちょっと見えているのに、それを見落としてしまったからです。

現物を見ていないとはいえ、専門家の平川さんと佐野さんには脱帽せざるをえません。 それでは、このひらがな和歌を漢字交じり文にすると、「我により思ひ括らむ絓糸の会はず止みなば老くるばかりぞ」ということになるのでしょうか。いずれにせよ、歌意は先に掲げた僕の現代語訳とあまり違わないように思うのですが(!?)

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