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2017年4月7日金曜日

五山文学の春4


春夢(№90
荘子は夢に蝶となり 飛び舞っていたウキウキと
  たまたま逢った雌の蝶 心通わせ語り合う
  宋玉以前 無邪気にも 雲かかる朝 雨の暮れ
  遊べたものだがもう今は エッチな気分になって……ダメ♡

 宋玉は中国・戦国時代の詩人で、楚の人です。屈原の弟子といわれ、相並んで屈宋とたたえられる楚辞の主要詩人です。『中国学芸大辞典』によると、その作とされるものは13編ありますが、今日、真作と認められているのは『九弁』だけで、その他は後人の偽託とされているそうです。入矢先生は「宋玉」に、次のような脚注をつけています。

その「高唐賦」に、楚の襄王が夢で交わった好色な女神が別れぎわに「妾は朝には雲となり暮には雨となってお待ちしています」と言ったとある。但しここでも、前半の夢の蝶と後半の夢の神女との照応のしかた、また蝶の楽しみが雲雨の愁いに転ずるわけが曖昧であり、その判りにくさも何らかの含蓄を帯びたそれではない。

2017年4月6日木曜日

五山文学の春3


その『蕉堅藁』を通読して、僕はとくに春をたたえた詩、春に詠まれた詩に心を動かされました。時あたかも春、またまた僕の戯訳でいくつか紹介することにしましょう。

僕の選んだベストワンは、「春夜月を看る」という七言絶句です。この花は桜じゃなく、梅でしょう。月や香りと相性がいいのは梅ですから……。気心の知れた友達と早春の宵に観梅を楽しむ――いいですねぇ。当然、般若湯もやっているわけですよ。なお、№は入矢先生が振った『五山文学集』の通し番号です。

春夜月を看る(『蕉堅藁』№101
 高士の招いた友人が 集まる四阿[あずまや]春の宵
 盛りも過ぎた花の影 庭一面の月光よ!!
 くまなく霜が降りたよう 花の香[]の風 袖に入る
 後期高齢者たちの 期待を超える素晴らしさ

 転句「満袖の香風吹いて藹藹」を上のように訳したのは、『諸橋大漢和辞典』に「藹藹」を求めると、ほんのりとした月光のさまとあり、司馬相如の「長門賦」を引いて、「中庭の藹藹を望めば、季秋の降霜のごとし」とあるからです。また、結句の「衰齢」を「後期高齢者」と訳したのは、間もなく僕がそれになるからです!? 

2017年4月5日水曜日

五山文学の春2


そこで、手もとにある『五山文学集』でお茶を濁すことにしたわけなのですが、読み始めたところ、実におもしろい文学世界がそこに広がっていることに、初めて気づかされました。

『五山文学集』には、絶海中津をはじめとする五山僧9人の代表的詩集が取り上げられています。そのうち、一つの詩集がまるまる全部収められているのは絶海中津の『蕉堅藁[しょうけんこう]』のみで、あとの8人はみな抄録となっています。

絶海中津(ぜっかいちゅうしん)は土佐の人、上京して天龍寺の夢窓疎石のお付きとなり、その高弟・春屋妙葩に法を問いました。応安元年(1368)、33歳で明に留学し、中天竺寺の季潭全室に薫陶を受けました。8年間をその地で過ごしたあと帰国、足利義満とその子義持から深く愛され、京都・等持院から相国寺第六世の住持になりました。

詩文集に先の『蕉堅藁』があり、その人柄の温雅さと、内典および外典にわたる広い教養によって、多くの門弟を教え育んだそうです。以上は、入矢先生の『五山文学集』解説によるところです。

2017年4月4日火曜日

五山文学の春1


 五山文学が中世を象徴する文学であることは、何となく知っていました。島田修二郎先生と入矢義高先生が監修された『禅林画賛 中世水墨画を読む』(毎日新聞社 1987年)も書架に収めてありました。

『趣味の水墨画』から『月刊水墨画』へと連載した「河野元昭が選ぶ水墨画50選」に、藤田美術館所蔵の「柴門新月図」を取り上げ、解説を書いちゃったこともあります。

しかし、五山詩をちゃんと読む機会がまったくないまま、ずっと過ごしてきてしまいました。ところが、京都美術工芸大学最後の仕事として、教養科目「技芸と文学(Arts and Literature)」を担当しなければならばいハメになりました。

しかも時間割の都合で、セメスター15回分を、4日間の集中講義でやらなければならないことになってしまいました。73歳ともなると、果たして完走できるかどうか、それがまず心配になってきましたが、何とかゴールまでたどり着くことができました。 

そのうちの1回は、ぜひ五山文学についてしゃべりたいと思い、先に挙げた「柴門新月図」の解説を再録した簡単なレジメを作りました。エコを考えて――というよりも省エネを考えて、ブログにそのレジメをアップし、必要な学生だけハードコピーを作るように伝えました。

このような次第で、よく分からないまましゃべったことが何か申し訳ないような気持ちになり、そのあと入矢義高先生が校注を施した「新日本古典文学大系」版の『五山文学集』を初めから読んでみることにしました。

本来なら上村観光の『五山文学全集』や、玉村竹二先生の『五山文学新集』を参照すべきでしょうが、もちろんそんな大部のシリーズなど持っていません。
 
*これは前ブログにアップしたところですが、「饒舌館長」に「五山文学の春」を新しく連載するにあたり、再録することをお許しください。
 
 
 

2017年4月3日月曜日

サントリー美術館「絵巻マニア列伝」4


奥書によって、文安6年(14495月、仁和寺御室に伝来した絵仏師・定智筆の絵巻物をコピーした作品であることが分かります。しかし、この絵巻のおもしろさを堪能しさえすれば、そんなことはどうでもいいという気分になってきます。とくに一杯やったあとですから……。

詳しくは、上野友愛さんがカタログに寄せた論文「数寄から広がる絵巻好き」をお読みいただきたいと思います。これを「ヒホウ絵巻」と命名した彼女にしたがって、一巻のあらましを紹介すれば……

「勝絵」と呼ばれる男の陽物の大小や屁の威力を競う話のうち、後者のみをまとめたもので、法師たちが木の実や冷粥を食べて腹にガスを溜め、放屁競べを繰り広げるという、秘宝ならぬ実に奇想天外な≪屁宝≫絵巻だ。最後を飾るのは、下半身を露にした老齢の尼君と一糸まとわぬ法師。朱扇を射落とさんと尻を突き出して屁を放ち、その残り香とともに絵巻は終わる。

かつて「日本人は和式トイレを使おう!!」というエッセーを書いたことがあるほど、尾籠な話が大好きな僕が、自信をもって「僕の一点」としてオススメするのですから、その素晴らしさは絶対間違いありません!?

2017年4月2日日曜日

サントリー美術館「絵巻マニア列伝」3


2時からはオープニング・セレモニーです。乾杯の発声を求められた僕は、いま矢沢永吉とイチローが売り出している新プレミアム・モルツを、「『絵巻マニア列伝』の成功を祈念して、カンパーイ!!」と叫んで一気に飲み干しました。

そのあとで、上記のような絵巻物私観を開陳して、ご参集の諸兄諸姉をケムに巻いたことでした。

「僕の一点」は、サントリー美術館が誇る優品?「放屁合戦絵巻」です。見れば見るほど愉快です。笑いがこみ上げてきます。笑いといっても、近代西欧思想の感化を受けた我々は、どうしても忍び笑いになっちゃうかもしれませんが……。

そのアッケラカンとした描写を見ていると、日本人というのはオプティミスティックな国民であるという源豊宗先生の見立てが、本当にそのとおりだなぁと思われてきます。

はたしてこのような絵画が、中国にもあるものでしょうか。もしあるなら、ぜひ比較してみたいものです。きっと、日中美術比較論に新しい視座をもたらしてくれることでしょう。

2017年4月1日土曜日

サントリー美術館「絵巻マニア列伝」2


これが掛け幅や色紙ですと、画面の完結性が強いので、話がそこだけで終わってしまうことになります。それなら屏風や襖絵なら、横へも広がっていくから問題ないじゃないかという反論が出るかもしれません。

しかし、日本美術――というよりも、日本絵画の鑑賞法という観点から考えたとき、絵巻物は屏風や襖絵には求めることがむずかしいすぐれた美質を有していることに気づかされます。

なぜなら、日本における美術の鑑賞法は、見る人が自分の生活感情に引き寄せて味わう傾向が強かったからです。美学用語を使えば、感情移入ということになります。そのような鑑賞に、絵巻物はとてもよくフィットする画面形式でした。

気心の知れた少人数の仲間や友達で、560センチずつ巻き拡げながら見ていく絵巻物は、感情移入をやさしく迎え入れてくれる画面形式でした。

 

江戸東京博物館「江戸博×出光コレクション初共演 浮世へのいざない」4

   もっとも『肉筆浮世絵大観 3 < 出光美術館 > 』 に解説を担当した大久保純一さんは、 岩田秀行さんの教示に よると礼を尽くしつつ 、先の5代目岩井半四郎を初代岩井紫若 にあてて います。  満月を浮かべる青い夜空、川面に映る 月影や 往来する舟の影、役者や橋杭が地上に作...