2021年5月22日土曜日

辻惟雄『日本美術の歴史』と沢村忠5

沢村忠さんは昭和40年代、大ブームとなったキックボクシングのチャンピオンであり、スーパースターであり、国民の熱い視線を一身に集めたアスリートでした。ネットで調べると、1973年ーーつまり昭和48年、沢村さんは「日本プロスポーツ大賞」を受賞しています。しかしこの年は、のちに国民栄誉賞を受賞する王貞治さんが三冠王に輝いているんですよ!! それを抑えての受賞ですから、沢村さんの人気がいかに高かったが分かります。

もちろん僕も、毎週のようにテレビで見て興奮し、応援していました。昭和20年代から30年代にかけて沸き起こった力道山ブームほどではなかったかもしれませんが、ものすごいブームであったことは疑いありません。

しかも僕が所帯をもったあと、女房の兄と沢村さんが青山小学校で同級であり、本名が白羽秀樹というキックボクサーらしくない名前であることを知ったとき、なぜか親しみの情がいや増すのを感じないではいませんでした。


0 件のコメント:

コメントを投稿

サントリー美術館「NEGORO」11

   右幅に狩場明神が描かれています。狩場明神は高野山の地主神です。弘法大師伝によると、弘仁7年(816)夏に 大師 が伽藍の地を求めていた折、大和国那智で出逢い高野の地へと導いたのが、猟人の姿をした狩場明神でした。 以上は 大阪市立美術館・石川温子さんの カタログ解説によるとこ...