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2017年4月14日金曜日

奈良国立博物館「快慶展」6


太田博太郎先生は「日本の建築は絵画的だ」と喝破されましたが、それを思い出しながら、僕は出口の方へ向かっていきました。かくのごとく、快慶の仏様は日本人の美意識にやさしく寄り添ったからこそ、この特別展の副題にあるとおり、日本人を魅了したのでしょう。

「僕の一点」は、如意寺所蔵の「地蔵菩薩坐像」です。如意寺は京都・宮津市にある真言宗のお寺で、その地蔵堂に安置されているそうです。

「僕の一点」に選んだのは、前のブログにアップしたとおり、3月に宮津市で「与謝蕪村生誕300年記念シンポジウム<再発見!与謝蕪村 その魅力と可能性>」が行なわれ、招かれてペーパーを読みに行ったので、それを思い出したからという極めて個人的な理由からです!? とはいっても、快慶と丹後宮津は深いえにしで結ばれていたそうです。

2017年4月13日木曜日

奈良国立博物館「快慶展」5


このような絵画的性格を象徴するのは、袈裟に施された極めて繊細な切り金の装飾です。肉眼では見えないほど精緻なので、会場には多くの拡大写真パネルが展示されています。

切り金は、平安時代後期の藤原仏画で愛用され、その黄金時代を築いた装飾技法で、本来絵画的な性格が強いものでした。快慶はそれを仏像彫刻に適用したのです。それゆえに絵画的になったというのではありません。切り金に絵画的性格が象徴されている――と僕は言いたいのです。

西欧はもとより、中国と比べても、我が国の宗教彫刻は絵画的である点に美的特質があるように思いますが、それは快慶に集約されているといっても過言ではありません。それはどこかで日本彫刻のシンプリシティーと結びついているはずです。

 

2017年4月12日水曜日

奈良国立博物館「快慶展」4


このような絵画的性格を象徴するのは、袈裟に施された極めて繊細な切り金の装飾です。肉眼では見えないほど精緻なので、会場には多くの拡大写真パネルが展示されています。

切り金は、平安時代後期の藤原仏画で愛用され、その黄金時代を築いた装飾技法で、本来絵画的な性格が強いものでした。快慶はそれを仏像彫刻に適用したのです。それゆえに絵画的になったというのではありません。切り金に絵画的性格が象徴されている――と僕は言いたいのです。

西欧はもとより、中国と比べても、我が国の宗教彫刻は絵画的である点に美的特質があるように思いますが、それは快慶に集約されているといっても過言ではありません。それはどこかで日本彫刻のシンプリシティーと結びついているはずです。

2017年4月11日火曜日

奈良国立博物館「快慶展」3


たくさんの招待客とともに歩を進めれば、やはり快慶こそ、もっともストレートに日本を象徴する仏師であることが、おのずと感得されます。垂直に天へ伸びる樹木という素材に由来する静謐感が、極限まで推し進められているからです。僕が勝手に名づけるところの「日本美術の素材主義」です!?

快慶も強いインスピレーションを受けたに違いない、天平彫刻にはあった写実的表現が、すぐれた典型美にまで昇華しているからです。鎌倉彫刻を特徴づける写実性が、快慶に欠如しているという見方が間違いであることは、改めて指摘するまでもありません。

飛鳥彫刻以来の伝統ともいうべき正面性は、これ以上求めることができないほどに強調されて、もうほとんど絵画といってもよい段階に達しているからです。もちろん、これは快慶を貶めているわけじゃありません。基本的に前方から礼拝する仏教彫刻において、フロンタリティは最も重要な美的要素であるといってよいのです。

2017年4月10日月曜日

奈良国立博物館「快慶展」2


いや、まったく何も分からないという点では、絵画でも彫刻でも同じだったでしょう。ともかくも、日本仏教建築のことをゼロから――少しだけ勉強し、あの天平の甍を見上げながら、そしてエンタシスが美しい柱を背にしながら、浅野清先生の受け売りをやって場をふさいだ日のことが、懐かしくよみがえってきたことでした。

もちろんその後、唐招提寺へは何度もお邪魔しているはずですが、やはりこの第1回拝観が、もっとも鮮明に心に刻まれているようです。

そのあと、駅前の食堂で「大和名物 奈良粥」を堪能し、奈良国立博物館へ向かいました。特別展「快慶 日本人を魅了した仏の形」のオープニング内覧会があるからです。新しく館長になられた松本伸之さんに祝辞を述べ、静嘉堂文庫美術館を宜しくとお願いしたあと会場に入れば、快慶の代表作がすべて出ているという、ものすごい展覧会です。

2017年4月9日日曜日

奈良国立博物館「快慶展」1


奈良国立博物館「快慶 日本人を魅了した仏のかたち」(47日)

 唐招提寺をお訪ねするため、西ノ京へ……。僕にとっては、センチメンタル・ジャーニーともなりました。大学に入って美術史の専門課程に進んだのが昭和40年、今年は昭和92年ですから(笑)半世紀以上前の話です。進学するとすぐ10日ほどの研修旅行となるのですが、その年の行き先は奈良と決まっていました。

助手と大学院生により、スケジュールと訪ねる寺社や美術館、あるいは作品が選ばれ、新3年生は必ずその一つを担当することになります。それについて下調べをし、パンフレットを用意し、現場で実際の作品を前にそれを発表するのです。

しかし、高校のとき美術クラブに入っていたからという程度の理由で美術史に進学した僕ですから、チンプンカンプン、まったく何も分かりません。担当希望の作品が、挙手によって次々と決まっていくうち、ボケッーとしていた僕に残ったのは「唐招提寺の建築」というものでした。絵画や彫刻ならまだしも、建築ですよ。手も足も出ません。

2017年4月8日土曜日

五山文学の春5


 「雲雨の情」については、入谷先生のご指摘どおりであり、以前、このブログに「細見美術館『春画展』」をアップした時、僕も思い出をお話したことがあったように思います。しかし、「春夢」の前半と後半の照応が問題であり、曖昧だというのはどうでしょうか。 

お言葉ですが、僕にはとてもうまくいっているように感じられます。まず前半では、蝶々がよく二匹でじゃれ合うように飛んでいるという実際の生態がバックにあります。またそれがイメージとしても定着していたことは、有名な范成大の「四時田園雑興」の「晩春」を持ち出すまでもありません。

 蝶々が二匹舞いながら 菜の花畑に身を隠す
 今は晩春 日は長く 田舎家[いなかや]訪ねる人もなし
 鶏飛び立ち垣を越え 犬は穴から吠えたてる
 お茶をあきなう行商人 やって来たのにちがいない

江戸東京博物館「江戸博×出光コレクション初共演 浮世へのいざない」4

   もっとも『肉筆浮世絵大観 3 < 出光美術館 > 』 に解説を担当した大久保純一さんは、 岩田秀行さんの教示に よると礼を尽くしつつ 、先の5代目岩井半四郎を初代岩井紫若 にあてて います。  満月を浮かべる青い夜空、川面に映る 月影や 往来する舟の影、役者や橋杭が地上に作...