2020年2月29日土曜日

お酒をほめる和歌1




 先日、森銑三先生の『偉人暦』から、文政10221日に没した市岡猛彦という尾張藩士を紹介しました。この語学者にして歌人の猛彦は、性酒を好み、「讃酒歌百首」を詠みました。猛彦には、かの万葉酒仙歌人・大伴旅人のDNAが受け継がれているようです。

旅人が詠んだ『万葉集』巻3「酒を讃むるの歌」はわずかに13首、猛彦の100首には及ぶべくもありませんが、やはり天平と江戸における歌のおおらかさには、明らかな違いがあるように思われます。もっとも、この13首を改めて味わうとき、旅人という天平人は酒仙歌人なんかじゃ~なく、アル中歌人というべきではないのかとも思われてきますが……(笑)あるいは泣き上戸だったのかな? 中西進さんの『万葉集<全訳注原文付>』によって、13首すべてをアップしておきましょう。

2020年2月28日金曜日

根津美術館「虎屋のおひなさま」5

 
鉄石の自賛はきわめて難解、戯訳はあきらめて独断の現代語訳を掲げましたが、やはり戯訳を期待しているというメッセージを、あるフェイスブック・フレンドからもらいました。そこで、ちょっと解釈も変えながら……

 芽吹いた柳 照り映える 咲いたばかりの桃の花
 ウグイス飛んでる鳴きながら 中空[なかぞら]高くまた低く
 男雛と女雛相ともに 歌を歌っているようだ
 内裏雛住む豪邸も 美しいだけ人の目に
 最後はついに朽ち果てて 栄華はかなき夢の跡
 だから窓にも鮮やかな 装飾なんてつけてません
 飾れば飾るほどいよよ 乱れてしまうハーモニー


2020年2月27日木曜日

根津美術館「虎屋のおひなさま」4



画面右上に五言律詩の自賛がありますが、これがきわめて難物、会場ではよく読めず、頂戴したカタログの写真で再挑戦してみましたが、まったくお手上げです。だからといってスルーしちゃうのは口惜しく、何とか読んだ結果と解釈を掲げることをお許しください。もっぱらこの絵に対する僕の直感から出発した解釈です――などといえばエーカッコシーですが(笑)

新柳映夭桃 鶯児鳴下上 郎君与洪嫉 歌喩誠心賞

大門地芳事 最北入逝像 深窓剪彩豕 装飾左平一

芽吹いた柳が咲いたばかりの桃と照り映えており、ウグイスが鳴きながら高く低く飛んでいます。男雛と女雛は、心を合わせて歌でも歌っているようです。内裏雛が住むような立派な家でも、それはただ目に美しいだけで、最後は朽ち果ててしまいます。だから私の描く女雛も、華麗な衣裳などは身につけていません。飾り立てれば立てるほど、この世のハーモニーは乱れてしまうものです。

2020年2月26日水曜日

根津美術館「虎屋のおひなさま」3


 
作例にあげられる『菊花図』は、かつて荻野家でほかのコレクションと一緒に親しく拝見した作品です。小林忠さんが『<荻野コレクション>聚成 江戸の絵画』(フジアート出版 1982年)を編集出版したとき、文人画36点の解説を僕に回してくれました。

もちろんその中に『菊花図』も含まれており、吉澤忠先生が『國華』953号に寄せた解説を参考にしながら、何とかまとめたことを懐かしく思い出します。あのころは結構まじめに書いたもんだったなぁ(笑)

 虎屋所蔵の鉄石筆「立雛図」はすばらしい水墨の一幅です。江戸時代の文人でお雛さんを描いた画家は少ないようですし、お雛さまといえば濃彩画が大半を占めるなかにあって、水墨というのがかえって洒落ています。虎屋さんからの特別注文だったのではないでしょうか。

2020年2月25日火曜日

根津美術館「虎屋のおひなさま」2




オープニング内覧会に招かれて堪能した饒舌館長が選ぶ「僕の一点」は、藤本鉄石(181763)の「立雛図」です。鉄石は江戸後期に活躍した文人画家、僕も大好きな一人です。伝歴については『新潮世界美術辞典』の項をそのまま掲げておきましょう。

名は真金、字は鋳公、別号は鉄寒士、都門、売菜翁。岡山東川原に生まれ、藤本家の養子となる。閑谷黌[しずたにこう]に学んで郡奉行所の小吏となったが、天保11年(1840)脱藩して大坂に出た。のち全国を遊歴して名跡をたずね一家をなした。画系は明らかでない。同志と天誅組を組織し、勤皇の志士の奮起を促したが、戦死した。詩書画を善くし、画には飄逸な風格があり、のちの富岡鉄斎に通じるものがある。作例に『山水図画帖』(東京、個人蔵)、『菊花図』(倉敷、荻野家蔵)などがある。

2020年2月24日月曜日

追悼 芳賀徹先生




 敬愛してやまない芳賀徹先生が220日、享年88でお亡くなりになりました。ご逝去を悼むとともに、心からご冥福をお祈り申し上げます。

一昨年、先生はライフワークともいうべき武陵桃源論をおまとめになり、『桃源の水脈 東アジア詩画の比較文化史』を名古屋大学出版会からお出しになりました。僕が「饒舌館長」でオマージュを捧げたことは、いうまでもありません。その後、僕は日本経済新聞からその書評を頼まれました。今度はブログなんかじゃ~ありません。再読させていただき、力を込めて書いたつもりです。もちろん恥ずかしい拙文ですが、先生から頂戴したお礼のお手紙に意を強くして、ここに再録いたしたく存じます。

 私が愛して止まない文人画家である池大雅も与謝蕪村も岡田米山人も、素晴らしい武陵桃源図を描き遺してくれた。これらについて考えたり、書いたり、しゃべったりする時、必ず開いたのが、芳賀徹氏の武陵桃源に関する論考だった。氏が論文「桃源郷の詩的空間」を東大比較文学会の紀要に発表したのは1977年、以後40年以上にわたる研究を集大成したのが本書である。ライフワークと称えられるべき成果であるが、今回書き下ろされた章が少なくない。研究者としての衰えぬ情熱に感を深くする。早速に私は、マイブログ「饒舌館長」にオマージュを捧げたのだった。

 もちろん、東洋の理想郷である武陵桃源については、古くから考察が行なわれてきたし、その根本文献ともいうべき陶淵明の「桃花源記」についても解説が施されてきた。しかし氏の論考は、それらと一線を画する。例えば、いかにも氏らしく「腑分け」と称する「桃花源記」の読みについても、その鋭さと深さに感動を覚えないものはいないであろう。

夢想つまり創造力喚起力を分析し、老子的小国寡民礼讃から田園平和への大転換を指摘し、近代的ユートピアの窮屈さを対比的に浮かび上がらせるところなど、まさに眼からウロコだ。桃源郷では外界と同じ時間が流れているのだが、ここにリップ・ヴァンウィンクルを登場させる。いかにも氏らしい。「鶏を殺して食を作す」とある料理法については、郭沫若もまったく触れていないそうだが、これも氏の発見である。

 とくに美術史家をもって任じる私にとって、十五世紀朝鮮絵画の傑作である安堅の「夢遊桃源図」から清・査士標の「桃源図巻」に至る「水脈」追跡の痛快さは、胸のすく思いであった。さらに新井白石や蕪村、上田秋成らの作品を丹念に読み込むことによって、氏が提唱する「パクス・トクガワーナ」を桃源の色に染めていく。こうして桃源郷は東アジア人の心理に、無限の郷愁と憧憬を呼び起こすことになる。二十世紀西洋近代のユートピアはきわめて管理的な社会であり、その瓦解とともに、トポスとしての桃源はさらに耀きを増しているという。

しかと腑に落ちるが、むしろ東アジアの桃源が瓦解しようとしている今日、このような書が世に問われたことの意味は、想像を超えて大きい。是非とも一読を勧めたいゆえんだが、全部を読破するには可なりのエネルギーが必要である。興味を引く一章から、拾い読みしていくのがベストだ。

根津美術館「虎屋のおひなさま」1



根津美術館「虎屋のおひなさま」<329日まで>(221日)

 去年、我が静嘉堂文庫美術館でもおひな様展を開催し、好評を博しました。名代の人形師・五代大木平蔵の手になる、岩崎家ゆかりのおひな様と子供のうさぎ行列に、ふたたび打ちそろってひな祭りをことほいでもらうことにしたのです。予想を超えて、多くの方々が春の一日をゆっくり世田谷は岡本でお過ごしくださいました。すでに「饒舌館長」へアップしたとおりです。

今年は静嘉堂文庫美術館おひな様展をお休みさせていただくことになっていますが、おひな様ファンの皆さまには、いま根津美術館で開催中の「虎屋のおひなさま」がオススメです!!

和菓子の老舗として知らぬ人はなき虎屋の14代、黒川光景[みつかげ]が、娘の算子[かずこ]さんのために用意した雛人形は、岩崎家と同じく丸平大木人形店の逸品です。また、目を凝らさなければその模様もよく分かたぬミニチュア雛道具は、上野池之端にあった七澤屋の作品だそうです。

富士山世界遺産センター「日本三霊山の砂防」5

さらに「逢へらくは玉の緒しけや恋ふらくは富士の高嶺に降る雪なすも」というバージョンもあるそうです。つまり「あの子と逢う間の短さは玉の緒ほどにも及ばないのに、別れて恋しいことは、富士の高嶺に降る雪のように絶え間ないよ」となりますが、これじゃ~本展示とまったく関係なき一首になってしま...