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2021年11月7日日曜日

三菱一号館美術館「印象派」3

 

もちろん、玄関に合うからといって「僕の一点」に選んだわけじゃ~ありません。理由はその表現技法にあります。釣り人の背中にちょっとホワイトが加えられているのですが、それが夕日の反射を的確に現わしていて、とても効果的なポイントになっています。

しかしそのホワイトをよく見ると、筆触がほとんど感じられないのです。僕は「これだっ!!」と思いました。というのは、2012年秋、江戸東京博物館で見た特別展「維新の洋画家 川村清雄」のカタログ解説を思い出したからです。それによると、川村清雄はパリ留学時代に、晩年のコローをアトリエに訪ねたことがありました。そのときコローが、木の葉の描写に筆を使わず、親指に絵の具をつけて描いていたことや、アイボリーブラックを好んで使っていたことを語っているそうです。

「魚を運ぶ釣り人」に見られる背中のホワイトは、コローが最後に指先で加えたものに違いないと思ったんです。

2021年11月6日土曜日

三菱一号館美術館「印象派」2

僕も発表するよう招聘を受け、はじめて訪れるイスラエルという国に期待をふくらませ、本場であのイスラエル・ワインが味わえるんだとワクワクしていたのですが、折悪しく騒乱が起こり、無期延期となってしまいました。

「僕の一点」は、フランス・バルビゾン派を代表する画家カミーユ・コローの「魚を運ぶ釣り人」ですね。東洋でいえば「寒江独釣図」といった感じの絵で、たそがれ時の雰囲気がとてもよく表現されています。小ぶりな画面で、これなら我が家の玄関にもピッタリです。今回メイン・イメージに使われているクロード・モネの「睡蓮」も素晴らしいのですが、我が家の玄関にはチョット大きすぎます。

 ヤジ「オマエの玄関に合うかどうかなんて、誰も訊いていない!!」 

2021年11月5日金曜日

三菱一号館美術館「印象派」1

三菱一号館美術館「印象派・光の系譜――モネ・ルノワール・ゴッホ・ゴーガン――」<2022年1月16日まで>

 先日、三菱創業150年記念展「三菱の至宝」をつつがなく終えた三菱一号館美術館で、特別展「印象派・光の系譜――モネ・ルノワール・ゴッホ・ゴーガン――」が開かれています。イスラエルのエルサレムにあるイスラエル博物館が所蔵する、インプレッショニスムの<饒舌館長おススメ展>です。

さすが神が支配する国イスラエルだと感じさせるコレクションです。神が集めたのではないかと思わせるほどクオリティーが高く、しかも見ていると何となく敬虔なる気持ちになってくる絵が多いから不思議です。

残念ながら、イスラエルには行ったことがありません。5、6年前でしょうか、アメリカの有名な日本絵画コレクターであるカート・ギターさんのコレクション展が、このイスラエル博物館で開かれることになり、それに併せて国際シンポジウムが計画されました。

 

2021年11月4日木曜日

サントリー美術館「刀剣」10

 

多くの匠[たくみ]や農民が ともに残留したために

今に至るも日本の 器物工芸みな精巧

唐の時代にゃ貢物 持ってしばしば遣ってきた

地位ある人はほとんどが 詩も文章も巧みなり

徐福が日本へ行ったのは 焚書坑儒がやられる前

だから本土にゃない『書経』 百篇そろって遺るはず

こちらじゃ所持さえ厳禁で 伝えることも許されず

ゆえに蝌蚪文字[かともじ]読める人 一人もおらず中国に

孔子が編んだ聖典を 持っているのは異民族

♪海は広いな 大きいな♪ その港にも近づけぬ

それを思うと胸痛み 涙こぼれる ひとりでに

錆びちゃう刀ーーそんなもん 比べられるか!! 聖典と

 


2021年11月3日水曜日

サントリー美術館「刀剣」9

 

西のえびすの昆吾国[こんごこく] はるかに遠く行けやせぬ

玉さえ切れるその名刀 見た人はゼロ 噂だけ

ところが最近日本の すごい宝刀現れた

越の商人[あきんど]買ったのは あおうなばらの東の地

香りよき木でできた鞘[さや] それに鮫皮[さめがわ]貼ってある

黄金[こがね]の真鍮 銀白の 銅のこしらえ見事なり

大金払った好事家の 大コレクションに加わった

これを差してりゃ凶運も 妖怪さえも逃げていく

大きな島国 土地は肥え 風俗すぐれていると聞く

秦の徐福は人たらし 日本へたくさん連れってた

仙薬探して全国を…… やがて子供も老人に……

2021年11月2日火曜日

サントリー美術館「刀剣」8

 

おもしろいことに、新法党の王安石も、これに反対する旧法党の蘇東坡も、ともに欧陽脩のお弟子さんでした。

欧陽脩はさすが文人士大夫、中国では失われてしまった孔子の『書経』が日本には伝わっているにちがいないと、羨望のまなざしを向けています。日本刀はそのマクラとして引き合いに出されるだけですが、当時、中国でも日本刀がとても高く評価されていたことが分かります。

もっとも、日本刀がすぐれているのは、中国から渡った人々が作り始めたからだというところ、「欧陽脩よ お前もか!?」という感じで、ちょっと微笑を誘いますが……。

2021年11月1日月曜日

サントリー美術館「刀剣」7

 

しかし、完成された日本刀は、そのような高度な技術や複雑な工程を微塵も感じされることなく、あくまで端整であり、清純であり、そして簡潔なのです。だからこそ、日本刀は日本文化のシンボリックな存在として、燦然たる光輝を放ち続けてきました。そして日本文化再評価という世界的潮流の中で、これからますます光り輝くことになるでしょう。

ここで中国・北宋の欧陽脩(1007~1072)の「日本刀の歌」を、岩波版『中国名詩選』から、例のごとく僕の戯訳で紹介することにしましょう。

欧陽脩は唐宋八大家の一人、仁宗・英宗・神宗の三代に仕えた政治家であり、また学者にして詩人でした。かつて書いた拙文「田能村竹田の勝利」では、竹田が王安石の新法に反対した蘇東坡を尊敬し、みずからをなぞらえようとしていたのではないかという仮説を提出しました。

前田青邨画伯50回忌法要 3

   画伯の お 弟子 さん である平山郁夫先生や 、お嬢さんの日出子 さんとご夫君の 秋山光和先生をはじめ、たくさんの方が参加されましたが、僕もそのなかに入れてもらった ん です。 東北大学からこの 貴重な作品 を借り出 してきた辻惟雄さんのカバンモチだったかな ( ´艸`) ...