2022年4月30日土曜日

下川裕治『「おくのほそ道」をたどる旅』10

 

「作家になれば、出版社はここまでやってくれるのか……」

と常念岳を眺めながら呟いたものだった。

 それから五十年……。(略)活字離れは決定的で、出版不況の冷たい風が吹き抜けるなか、出版社には、編集者を旅に同行させる余裕はなくなっていた。それどころか、旅の経費も出ないことが多くなってしまった。旅行作家といわれるようにはなったが、自分で資料を集め、ネットの記事の執筆などで旅の経費を捻出しなくてはならなくなっている。

   この種の話になるとつい愚痴っぽくなってしまう。

これまたペーソスを含んだユーモアがすごくいい!! 含羞を帯びた諧謔がすごくいい!! そして実際にお会いしてみると、ちょっとシャイな感じがすごくいい!!

2022年4月29日金曜日

下川裕治『「おくのほそ道」をたどる旅』9

 

 一昨年でしたか、五木寛之さんのベストセラー『大河の一滴』(幻冬舎)を「饒舌館長」にアップしたことがあります。下川さんも高校時代、五木寛之をよく読んだそうですが、この話も下川流ユーモアがオトガイを解いてくれます。

そのなかに『にっぽん漂流記』(文藝春秋)という本がある。編集部のMさんやY青年が登場する。たまたま立石寺を訪ねている。曾良日記の引用もある。立石寺に向かう前、編集部のMさんがコピーしたのだろう。曾良のような存在なのだ。その旅では天童温泉に泊まり、四人の芸者を呼んでいる。その費用はすべて出版社もちなのだ。信州の松本で高校に通っていた僕は、

2022年4月28日木曜日

下川裕治『「おくのほそ道」をたどる旅』8

 

じつは僕もシャーペン派でした。過去形になっているのは、1989年、パソコン――NEC98に転向しちゃったからです。その前はシャーペン派でした――といっても、持っていたのはセーラーの回転式0.9ミリただ1本だけでした。長さ、重さ、太さ、重心、すべてが僕の手にピッタリでした。これで卒論を書いた記憶がありますから、20年以上愛用していたことになります。

チョットくたびれてきたので、主流になっていたノック式を1本買ったことがありましたが、浮気はするもんじゃないと思い知らされました。原稿はパソコンになりましたが、それ以外では今もこのシャーペンを愛用しています。

ねずみ色のボディには、SAILORとJISの文字が刻されています。磨り減っていて、もうほとんど読めませんが……。

2022年4月27日水曜日

下川裕治『「おくのほそ道」をたどる旅』7


そして驚いたのは、下川さんがシャープペンシルを使う手書き派だという事実でした。200字詰めでしょうか、400字詰めでしょうか、下川さんはシャーペンで一字一字原稿用紙を埋めているんです。

斎藤緑雨は「筆は一本、箸は二本、衆寡敵せずと知るべし」といったそうですが、下川さんは衆寡敵しちゃっています。緑雨先生をして顔色なからしめるものがあります。ちなみに、僕は上記の形で覚えていましたが、ネットで調べると「筆は一本也、箸は二本也。衆寡敵せず」というのが正しいようです――でも僕の方がリズミカルでいいかな( ´艸`)

 いまの人気作家はほとんどがパソコンでしょうから、これなら「箸は二本、指は十本」で、衆寡敵するところになりますが……。そういえば、下川さんの人差し指はチョット曲がっているようにも見えました。左手だったような気がしますが、下川さんはギッチョなのかな?  

2022年4月26日火曜日

下川裕治『「おくのほそ道」をたどる旅』6

 

ところがここにきて、市のホームページへのアクセスが急増しているという。理由は「鬼滅の刃」だった。主人公は竃門炭治郎かまどたんじろうで、竃の字が使われていたからだ。しかし「鬼滅の刃」ファンのどのくらいの人が、手書きの原稿を書くだろうか。書いてみたいという思いはわからないではないが、仕事として竃を書いている人もここにいることを少しは気遣ってほしい。

ちょっとペーソスを含んだユーモアがすごくいい!! ショージ君だったらもっとオーバーに笑わせるところかも知れませんが、この含羞を帯びた諧謔がすごくいい!! 

2022年4月25日月曜日

下川裕治『「おくのほそ道」をたどる旅』5

 

 


 これをヒントに独断と偏見を「饒舌館長」にアップしようとも思いましたが、「おくのほそ道」ですから先を急ぐことにしましょう( ´艸`) この本の下川旅行本たるゆえんは、余談のユーモアにありますね。例えば、塩釜駅から鹽竃神社へ歩いて向かうところです。

 パソコンで原稿を書く人は、ネットの表記からコピーペーストすればいいが、困ったことに僕は手書き派だ。原稿用紙にシャープペンで書いた文字で埋めていく。神社の鹽竃となると天を仰ぎたくなってしまう。細かいところまで正確に書こうとすると、倍ほどの大きさが必要になる。誰にいったらいいのかわからないが、できれば漢字は塩釜に統一してほしい。塩竃市民も実際は塩釜と書いているという。そういうことではまずいと塩竃市のホームページでは、竃の正しい書き方を伝えているというが。

2022年4月24日日曜日

下川裕治『「おくのほそ道」をたどる旅』4

 

  「おくのほそ道」を読み進めていくと、ふと思うことがある。芭蕉はそれほど旅が好きではなかったのではないか……と。

  当時の湯本。芭蕉はそこに泊まっているのだが、「おくのほそ道」では、温泉に触れていない。「おくのほそ道」という本は本当に俳句ひと筋。温泉や料理といったいま風の旅の楽しみはほとんど登場しない。ストイックな内容なのだ。芭蕉も湯に浸かっているはずなのだが……。

  (金沢で)弟子に囲まれて目の輝きを変える芭蕉に比べ、曾良は精彩を欠いていく。曾良の病は腹痛といわれているが、そんな無気力感が遠因になっていた気がする。……曾良というひとりの男がいとおしく思えてくる。

富士山世界遺産センター「日本三霊山の砂防」5

さらに「逢へらくは玉の緒しけや恋ふらくは富士の高嶺に降る雪なすも」というバージョンもあるそうです。つまり「あの子と逢う間の短さは玉の緒ほどにも及ばないのに、別れて恋しいことは、富士の高嶺に降る雪のように絶え間ないよ」となりますが、これじゃ~本展示とまったく関係なき一首になってしま...