2021年12月7日火曜日

追悼 武田光一さん5

 

今年の7月、ご夫人の蘭さんから武田さんの逝去を知らせる、鄭重なお手紙をいただきました。

武田さんは入院されたあとも、五十嵐浚明の資料を病室に持ち込み、お世話になった越後への恩返しという熱い気持ちを込めつつ、カタログの巻頭論文と作品解説をついに完成させたそうです。しかし武田さんは、実際の作品を直視することに専心し、パソコンも携帯電話もあえてお持ちになりませんでした。

病室での執筆がどれほど大変であったことか、いかほどの苦行――すべてを抑制しなければならない宗教的意味における精神修行――であったことか、ワードで簡単に語句や文章を打ち出してしまう僕には、想像を絶するものがあります。

2021年12月6日月曜日

追悼 武田光一さん4

 



武田さんから解説を受けたあと、雪に埋もれた越後湯沢の旅籠屋[はたごや]で、白瀧酒造の絶品「湊屋藤助」を酌み交わしたことも、昨日のことのようによみがえってきますが、その後、年賀状の交換だけになっていたことが、今となっては心底悔やまれます。

京都からふるさと越後へ帰る画家・五十嵐浚明のため、ハナムケの一図を描くことになった22歳の池大雅は、盛唐・王維が詠んだ送別詩の傑作七言絶句「元二の安西に使いするを送る」をライトモチーフにすることを思いつき、それに勝るとも劣らなぬ視覚的傑作を生みだしたのでした。中国語の暗唱に続けてマイ戯訳を、天上の武田さんに捧げたいと思います。

  渭城そぼ降る朝の雨 濡れて立たない土ぼこり

旅籠屋あたりも清く澄み 柳の緑は生き返る

「遠慮しないでもう一杯 さぁ武田君やってくれ!!

陽関 越えて西ゆけば 飲み友達もいないから」


2021年12月5日日曜日

追悼 武田光一さん3

 

このあいだアップした佐々木剛三先生主宰の「画譜・絵手本研究会」に、武田さんも参加されましたが、そのカタログに寄稿した「中国画譜と日本南画の関係」は、この問題を総体的にとらえるとともに、多くの新知見を打ち出した実に意欲的な論考でした。

上にアップしている書影は、武田さんが書いた「新潮<日本>美術文庫」の『池大雅』です。このシリーズの企画編集を、僕もチョット手伝わせてもらったのですが、大雅をお願いしたいと思う研究者は、武田さんをおいて他にありませんでした。

かつて新潟市の敦井[つるい]美術館で展示中の池大雅筆「渭城柳色図」を、「読画連」の仲間と見に行ったことがあります。

2021年12月4日土曜日

追悼 武田光一さん2

武田さんは東京藝術大学で日本美術史を講じた吉澤忠先生の直弟子です。以前アップしたように、僕は吉澤先生の講義をモグリで拝聴しましたから、武田さんとは兄弟弟子ということになります。

武田さんは恩師の日本南画説を発展させましたが、日本文人画説の僕も、武田さんの研究から多くを学び、しばしば拙論に引用させてもらってきました。とくに『國華』1059号に発表された「池大雅筆『富士十二景図』について」は、大雅山水画の研究に新しい地平を拓く、すごい論文でした。

 

2021年12月3日金曜日

追悼 武田光一さん1

先にアップした今年の第33回國華賞の展覧会カタログ賞は、新潟市歴史博物館で開催された「生誕320年記念特別展 五十嵐浚明――越後絵画のあけぼの」の図録に対して差し上げることになりました。この特別展は、五十嵐浚明展準備会による長年の研究成果を発表するという、きわめて充実した内容を誇るものでした。

こういう展覧会を、僕は「研究展覧会」と呼んでいるんです。ただ指定品や名品を集めて、入場者数を競うような展覧会とは、類を異にしています。

 その先頭に立ってリードしてきたのは畏友・武田光一さんでした。武田さんがいなかったら、とても研究は進まず、開催には到らなかったと思います。しかし武田さんは、この命の結晶を見ることもなく、74歳の若さで天国へ旅立っていきました。本来なら國華賞の賞状と副賞は、武田さんが五十嵐浚明展準備会を代表して受け取ったことでしょう。 

2021年12月2日木曜日

第33回國華賞2

とてもうれしかったのは、2005年に辻惟雄さんの古希を祝って企画した「辻惟雄先生と行く敦煌・龍門・鞏県の旅」に、仲町さんと一緒に参加してくれたお嬢さんの美穂さんに、ふたたびお会いできたことでした。

1週間のスケジュールで――両端の移動日を除けば、実際は5日間で敦煌→龍門→鞏県と移動しながら石窟を見学するという、無謀ともいうべき強行軍の旅行でした。その10年前、辻さんの還暦をことほいで立ち上げた「辻先生と行く江南の旅」も印象深い旅でしたが、それにすぐるとも劣らぬ思い出をたくさん残してくれました。その思い出話で、美穂さんと盛り上がったんです。

 もちろん、この國華賞授賞式もレセプション抜きでした。朝日新聞社新館のレセプションルームで行なわれたというのに(!? 

2021年12月1日水曜日

第33回國華賞1

 


33回國華賞――仲町啓子さん

いつもならば、鹿島美術財団講演会が終ったあと、必ずレセプションがあるのですが、今回はコロナ禍のため取りやめとなり、酒仙館長としてはチョット残念でした() しかしこのお影で――いや、お陰で、朝日新聞社新館で行なわれた國華賞授賞式に、終了後すぐタクシーで駆けつけることができたんです。

今回は、山根有三先生に導かれつつ、長い間一緒に琳派研究をやってきた仲町啓子さんが、大著『光琳論』をもって國華賞正賞を受賞しました。峻厳なる研究者の佐藤康宏さんが激賞して止むことなき祝辞を捧げたのですから折り紙つき、もう饒舌館長が屋上屋を重ねる必要などないでしょう。

富士山世界遺産センター「日本三霊山の砂防」5

さらに「逢へらくは玉の緒しけや恋ふらくは富士の高嶺に降る雪なすも」というバージョンもあるそうです。つまり「あの子と逢う間の短さは玉の緒ほどにも及ばないのに、別れて恋しいことは、富士の高嶺に降る雪のように絶え間ないよ」となりますが、これじゃ~本展示とまったく関係なき一首になってしま...