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2018年9月7日金曜日

東京国立博物館「縄文」6


このような土偶懸垂説をはじめて唱えたのが誰か知らないが、土版については大野延太郎(雲外)が最初で、「土版と土偶の関係」(『東京人類学会雑誌』12131 1897)として発表されたという。土版とは、縄文晩期、おもに関東東北地方で作られた板状土製品である。携帯の便のために、土偶を簡略化した一種の護符と考えられているが、この定説も大野に始まるようだ。これは私にとってもきわめて重要な論文であるから、やや長文にわたるが、原田氏をそのまま引用する。

土版の性格を、その多くに懸垂用の孔がみられることから、これが「要スルニ一の携行品ナルガ如ク考」えられ、「何カ宗教上護身用或ハ符号ノモノナランカト推考セラルル」と指摘した。また土偶との関係については、挿図を示して「此ノ両図ヲ比較シ自ラ親密ノ関係アル事ヲ知ルベシ」と結ぶ。これは、土偶と土版のように、異種の異物間にも、文様の類似や系統を追うことで、その用途に類似性が指摘できる場合もあることを示した、最初の論文である。

2018年9月6日木曜日

東京国立博物館「縄文」5


「板状土偶」(縄文後期 青森県鳥井平4遺跡出土)では、「腕の表現はないが、胴体の上部が左右に張り出し、その部分には縦方向に貫通孔が穿たれていて、この土偶が懸垂できるようにもなっている」ことに注目している。

しかし、積極的には懸垂使用が認められない遺品もあるようだ。例えば「板状土偶」(縄文前期 岩手県塩ヶ森遺跡出土)について、「胴体にある円孔は、懸垂用とも考えられるが、あまり擦れた痕がある個体はなく、体部装飾の技法の一つなのかも知れない」としているのである。

なお有名な「東北のビーナス」(縄文中期 山形県西ノ前遺跡出土)の円孔に関しては、「顔面表現はなく、頭部の円孔に皮製などの仮面を被せたか、という意見もある」としている。懸垂使用は推定されていないようだ。


2018年9月5日水曜日

東京国立博物館「縄文」4


私は多くを学ぶとともに、勝手に推定もしくは想像していたことが、すでに考古学の学問世界で指摘されていることを知った。また私見を再考する必要にも迫られた。これらに関しては、また改めて考えてみたいと念じているが、今は若干のメモを書き残すだけに止めよう。

 土偶は神あるいは精霊の象徴として、高い柱木に吊り下げられたのではないかと私は考えた。もちろんすべてではないが、たとえば祭祀などに際し、そのようにして祀られる場合も少なくなかったのだろうと推測した。この点に関し、原田氏は同様に懸垂の可能性を指摘している。

例えば「板状土偶」(縄文中期 青森県三内丸山遺跡出土)について、「後頭部には懸垂用のような一対の把手がつく」とする。「ハート形土偶」(縄文後期 福島県荒小路遺跡出土)では、「後頭部には複雑な突起が絡みあって、吊るすことができるような印象も与える」とする。


2018年9月4日火曜日

東京国立博物館「縄文」3


 この「秋田の美術によせて 原始美術(2)(3)」は20101月に脱稿したが、編集の都合上、『秋田美術』46号と本47号に分載されることになった。その46号発行と相前後して、文化庁主任文化財調査官・原田昌幸氏の『土偶とその周辺』Ⅰ・Ⅱ(日本の美術526527 ぎょうせい 2010)が出版された。原田氏はすでに指摘した文化庁海外展「土偶」(THE POWER OF DOGU)と東京国立博物館特別展「国宝 土偶」を主導し、みごとな成功へと導いた研究者である。

「土偶に秘められた面白さを、考古学的な情報を主にさまざまな視点から眺めてみたい」という趣旨のもとに書き下ろされた本書は、現在望みうる最もすぐれた土偶関連単行図書であろう。啓蒙的でありながら学術的であり、実証的でありながら氏独自の新鮮な見解が打ち出されている。最新の情報を盛り込みながら、長い歴史をもつ土偶研究史への目配りもおろそかにはされていない。


2018年9月3日月曜日

東京国立博物館「縄文」2


それはともかく、「僕の一点」に選んだ最大の理由は、僕が文化財審議委員だったとき「国宝」に指定されることになったため、裸で見た唯一の国宝土偶であるという点にあるのです。「裸で見た」といっても、土偶はすべて裸じゃないかって? この場合は「ガラス越しではなく直接に見た」という意味です(!?)

ところで、秋田県立近代美術館の仕事をしていたとき、紀要『秋田美術』へ3回にわたり「秋田の美術によせて 原始美術」を寄稿したことがあります。大湯ストーンサークルに代表されるごとく、秋田も縄文文化が大輪の花を咲かせた地域でしたから、是非そのことを書いておきたいと思ったのです。

この拙文を読んでいただいた方は少ないにちがいなく、「饒舌館長」に改めてアップしたい気持ちになったのですが、いかんせん冗長にすぎます。ご迷惑にならないよう、その「追記」だけを6回に分けて紹介させていただくことに致しましたが、すでに読んだことがある方は、もちろんスルーしてくださって結構です。

2018年9月2日日曜日

東京国立博物館「縄文」1


東京国立博物館「縄文 1万年の美の鼓動」<92日まで>(91日)

ついに見てきました。勤務と『國華』と猛暑を口実にしているうちに、最終日前日になってしまいました。しかし40分並んだ甲斐はありました。岡本太郎をパクって、「縄文は爆発だ!!」と叫びたい気持ちになりました。これを見ずして、縄文はもちろん、日本美術を語ることはできないでしょう。縄文中期と同時期における世界の土器を集めて比較を試みる「第3章 美の競演」も、はじめて見た刺激的アイディアでした。

「僕の一点」は、青森県八戸市風張遺跡から出土した縄文後期の土偶、愛称「合掌土偶」です。その合掌する姿から、縄文女性の「祈り」をさまざまに想像することができるでしょう。それを許してくれる点に、僕はとても惹かれるのです。もちろん祈っている姿を造形化したものかどうか、保障の限りじゃありません。

しかし、縄文女性の精神的営為を直接的に表現しようとするベクトルが、国宝土偶のなかでも特に強いことは、シンボルを抜かりなく造形化している点からも、容易に見て取ることができるのです。今回は透明プラスチックの台座に座らせてあり、しかも強い照明の加減で、確認することはできませんでしたが……。

2018年9月1日土曜日

サントリー美術館「琉球」8


上江洲さんは、NHK大河ドラマ「利家とまつ」のライトモチーフである夫婦愛に深く感動し、みんな利家一家の名前にしたそうです。ご馳走さま!! 

先日アップした山口宗季の「神猫図」と、この写真を見比べてみてください。ネコキチであれ、ネコ嫌いであれ、「ホンマにこんなことがあるんか!?」と、言葉を失うことでしょう。摩阿姫が家にやってきたとき、奥様のお母様は、上江洲さんが首里城の仕事をされているのでこのような奇蹟が起こったのだとおっしゃったそうですが、僕も絶対そうだと思います。

いずれにしても、上江洲さんの詳しい解説や、これまた先日お名前をあげた宮里正子さんの巻頭論文が掲載される『國華』琉球美術特輯号を、期してお待ちくださいませ。琉球美術のすべてが、これだけで完全に理解されるという特輯号に、7000円という定価がけっして高いとは感じられない一冊に仕上がるものと自負しております(!?)