そのころ日本の市場は、煎茶、抹茶の茶道具が中心で、これらを扱う商人は、道具商とか骨董商と呼ばれていた時代です。松太郎氏は、 世界の先端をいく北京市場で学んだ商売を日本に持ち込んだのです。 それは茶道具に拘泥しない鑑賞美術品を取り扱う仕事であり、日本における美術商の草分けとして活躍したのです。
大正5年1916松太郎氏は日本に戻り、東京銀座に開店、4年後の大正9年に現在地である京橋に移転し、 新店舗を開設しました。大正12年1923には、フランク・ロイド・ライト設計の帝国ホテルが開業しましたので、 ホテル内に店舗を設けました。
昭和10年1935、松太郎氏が死去すると、長男である順吉氏が跡を継ぐこととなりました。 順吉氏は父松太郎氏の仕事を受け継ぎ、 中国陶磁を中心とした東洋古美術品を取り扱いましたが、 とくに戦後アメリカとのビジネスが始まってからは、 日本美術の名品を数多くアメリカに紹介しました。

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