A=口+号、B=卵+心という字ですが、さすがに『諸橋大漢和辞典』には載っています。Aはうつろで大きいさま、B子は肥えた人をいうとありますから、A然は瓢箪を、B子は鯰を暗示しているようです。そうすると「無用之用」は瓢箪と、「不至之指」は鯰と関係する言葉とみなくてはなりませんが、無用之用の解釈は簡単でしょう。
瓢箪は瓢箪そのものではなく、中の空洞にこそ存在意義があります。そこに水やお酒を入れられるからです。古くはお米も入れました。これをもっともストレートに教えてくれるのは『老子』の第11章です。小川環樹先生はその部分を「粘土(埴)をこねて、容器をつくる。その何もない空間に容器の有用性がある」と訳しています。瓢箪もこれとまったく同じですね。

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