興味深いことに、大典が文章の三大要素と見なした整調、流暢、円熟は、まさに「鶴図」双幅の特色であり、宝暦十年屏風からの変化にほかならないのである。(略)すでに狩野博幸氏が指摘するように、若冲絵画を生み出す思想的基盤としては、売茶翁に象徴される「畸」があったにちがいないのだが、それとともに、大典の思想との関係もより直接的であっただけに看過することはできないであろう。
『國華』の解説ですので何だかゴチャゴチャしていますが、要約していえば、大典の思想はきわめて穏健であり、奇癖をきらうものだったのです。それは大雅筆「瓢鯰図」の賛にもよく現われているように思います。とくに宇野明霞が編み出した縁訳の意義を求めつつ、しかし採用しないという立場は、荘子の詭弁家や弁者に対する態度と同じだといってよいでしょう。大典が荘子や老荘に惹かれたのは当たり前田のクラッカーだったのです。

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