100万アクセスを突破しました❣❣❣皆さんありがとうございました❣❣❣

2025年9月17日水曜日

サントリー美術館「絵金」5

 



ところが10年ほどして、その身分を剥奪されてしまうのです。狩野探幽贋作事件に巻き込まれたためと伝えられていますが、詳しいことは分かっていません。そのあとしばらくは、上方に身を潜ませていたようです。その間に体験したにちがいない、上方歌舞伎からの影響を重視する研究者もいます。

あるいは藩内の赤岡、現在の香南市赤岡町に住んでいた叔母のもとに居候を決め込んだとも伝えられていますが、これまた詳細は不明なのです。しかし赤岡の北にある須留田するだ八幡宮の祭礼――神祭じんさいに奉納された芝居絵屏風に傑作が集まっているところをみると、赤岡が絵金歌舞伎絵のトポスであり、そこにはゲニウスロキ(守護神)がいるような気がします。

やがて絵金は一介の町絵師として縦横無尽の活躍を始め、独自ともいうべき絵金歌舞伎絵のシャングリラを創造していくのです。亡くなったのは明治9年(1876)、享年65でした。

今日はNHK文化センター青山教室講座「魅惑の日本美術展 最強ベスト6だ!!」で、この絵金について<饒舌>します!! 人前で絵金を語るのは82歳にして初めてーーワクワクしながら準備を進めましたが、吉と出るか凶と出るか( ´艸`)


0 件のコメント:

コメントを投稿

山種美術館「開館60周年記念 川合玉堂――なつかしい日本の情景」7

   これは僕の独断と 偏見ではありません。妄想と暴走でもありません。玉堂みずから、『奥多摩雑稿』の「三日月」と題する随想のなかで、つぎのように述べているからです。じつに 昭和天皇が戦争終結の詔書を放送する 5日前、昭和20年8月10日に書かれた文章です。 旧仮名を新仮名に直して...