虫を苦しませることは僻事とされ、害虫殺傷さえ禁じられたと考えられていたのが生類憐みの令でした。生類憐みの令の象徴ともいうべき虫のイメージが、南畝の胸底に浮かび上がったとき、ほとんど同時に、かつて心を許しあう友人と楽しんだ虫狂歌合せがよみがえってきたのではないでしょうか。その記録が筐底に眠っていることを、思い出したのではないでしょうか。
さっそく南畝は、蔦屋重三郎のもとに駆けつけ、サナギから蝶に羽化するのを待っていた喜多川歌麿に白羽の矢を立てたのです。
荻生徂徠「 同 に折楊柳を賦す 西の字」 今や宴 うたげ もたけなわだ 歌声 高く響かせよ 差しつ差され つ 義兄弟 心 浮き立ち爽快だ 柳の枝を折りわがね 旅立つ人はすでに発つ 渭城の西のまた西に かの陽関はあるのだぞ!!
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