この南畝がリードするかたちで、さらに早く狂歌ブームは興っていました。したがって虫詠題狂歌合が行なわれたのは、安永末年から天明初年であった可能性もありますが、いずれにせよ、天明6年にはこの虫合狂歌30首が南畝や飯盛の手元にあったのです。
それを彼らは筐底きょうていから引っ張り出してきて、蔦屋重三郎に頼み込み、天明8年正月に出版したのです。そこにはタイムラグがあったわけで、その理由こそ寛政の改革だったというのがマイ妄想と暴走です。
しかしこれを紹介しただけでは 、天上の 白石かずこさんに申し訳ないような気持ちになり、逗子 市 立 図書館 から白石さんの『詩の風景・詩人の肖像』(書肆山田 2007年)を借りてきて、 通読 してみました。 白石さんは 国内外15人の現代詩人を取り上げて、 自己体験を語り つ...
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