款記には呂廷振、つまり明代最高の花鳥画家・呂紀りょきにならったとありますが、普通僕たちがイメージする呂紀画とはずいぶん異なっています。呂紀の代表作に、東京国立博物館が所蔵する「四季花鳥図」四幅対があります。静嘉堂文庫美術館にも、伝称作品ですが、とてもすぐれた「花鳥図」があります。しかし、これらと共通する要素は多くありません。むしろ、先にあげた「涼月蒲柳図」のもとになった陳淳を想定すべきだと思います。
ヤジ「本人が呂紀にならったと言っているのに、オマエが勝手に変えたりするんじゃない!!」
款記には呂廷振、つまり明代最高の花鳥画家・呂紀りょきにならったとありますが、普通僕たちがイメージする呂紀画とはずいぶん異なっています。呂紀の代表作に、東京国立博物館が所蔵する「四季花鳥図」四幅対があります。静嘉堂文庫美術館にも、伝称作品ですが、とてもすぐれた「花鳥図」があります。しかし、これらと共通する要素は多くありません。むしろ、先にあげた「涼月蒲柳図」のもとになった陳淳を想定すべきだと思います。
ヤジ「本人が呂紀にならったと言っているのに、オマエが勝手に変えたりするんじゃない!!」
調査カードには「昭和12年伊東家入札目録(東京美術倶楽部・開華楼)に野口幽谷の似た作品あり。詳しく比較すべし」とあります。K氏からこの入札目録を見せてもらい書き込んだような気がしますが、その後「詳しく比較」なんかしていないんです(笑) 恥ずかしながら上のイメージはその時のマイスケッチですが、あの名幅はいまどこにあるのでしょうか?
今回の板橋区立美術館「椿椿山展」から選ぶ「僕の一点」は、何といっても「夏雨宿鷺図」(白澤庵蔵)ですね。まず驟雨にゆれる柳の描写に目を奪われます。驟雨を避けるがごとく葉陰に2羽の白鷺が羽を休め、1羽は風にさからって幹にしがみついています。緑柳×白鷺の色彩対比、静と動のバランスも絶妙です。けっこう大きな掛幅にもかかわらず、椿山のウィークポイントになりかねない構成にも破綻がありません。
その後、さらに椿山に魅入られるようになったのは、昭和53年(1978)9月21日、個人コレクターK氏のもとで「涼月蒲柳図」を拝見したときでした。
このK氏とは先日アップしたK氏とは別のK氏です。このときは源豊宗先生も一緒でしたが、お話を聞きながら作品を鑑賞するという、空前にして絶後のすばらしい体験でした。この「涼月蒲柳図」は蓮と柳を大きくとらえ、その向こうに満月を望むという情趣纏綿たる絹本着色掛幅画でした。七言二句の自賛に続いて「法白陽山人意」とありますから、明代後期の文人画家・陳淳にならった作品であることが分かります。
しかし8年後に、「春江遊魚図」の解説を書くことになるとは夢にも思いませんでした。昭和51年、吉澤忠先生は『水墨美術大系』シリーズの別巻1として、『日本の南画』を編集されました。そして関東南画を、僕に担当させてくれたんです。
椿山画3点のうちに、この作品を含めたことは言うまでもありません。僕の調査カードには「春江遊魚図」となっていますが、その後モチーフに即し「蓮池遊魚図」と呼ばれるようになっていたので、『水墨美術大系』ではそれを採用しました。
いま読み返してみると、「崋山も惲南田を尊敬しており、『蟲魚帖』などはその影響を受けた作品であるが、繊細で温雅な南田の画風は、椿山にこそ適していたということができよう」などと、生意気なことを書いています――すっかり忘れていましたが(笑)
板橋区立美術館「椿椿山展 軽妙淡麗な色彩と筆あと」<4月16日まで>
椿椿山つばきちんざん――大好きな文人画家の一人です。この特別展のカタログによると、鑑定家の浅野梅堂は「抱一の画才、文晁の画学、応挙の画趣、崋山の画格みな曠世の絶芸なり。これを集大成して韻致の玅(妙)を得たるものは椿山翁なり」と激賞したそうです。チョット贔屓の引き倒しみたいですが、椿山が梅堂にとって先生だったからかな(笑)
僕がはじめて「椿山っていい画家だなぁ」と感じ入ったのは、昭和43年(1968)4月16日、東京藝術大学資料館で開催された「新収品展」で「春江遊魚図」を見たときでした。
嘉永3年(1850)椿山50歳のとき描かれた作品で、惲南田に倣ったと思われる没骨のニュアンスが「何と申しましょうか……」という感じだったんです(笑)
家蔵する青木正児・入矢義高先生の『芥子園画伝』を開いてみると、李龍眠より「子久(黄公望)画泉法」の方が似ているような気もしましたが、応挙が『芥子園画伝』を見ていたことは疑いありません。
あんなに写生の重要性を説き粉本を否定しながら、応挙は『芥子園画伝』も参考にしていたんです。そもそも見たこともない蘇東坡を主題にしていること自体、応挙の写生主義がギュスタブ・クールベの写実主義とは別物であることを物語っています。天使を描き加えて欲しいと頼まれたクールベは、「やぶさかではないが、その天使とやらをここに連れて来てくれ」と言ったというんですから……。
先ほどこの『故宮書画簡輯 唐寅』をネットで検索したところ、露天市集というサイトに200ドルで出ていました。しかし、こういうサイトにクレジット番号を打ち込んで大丈夫なものかどうか心配になり、今回はスルーすることにしました(笑) 余談はともかく、確かに唐寅画にはこのような皴法――斧劈皴みたいな皴法が見出されるのです。
一方『江戸絵画の華』カタログ解説では、『芥子園画伝』初集に収められる李龍眠画、とくに瀧周辺の表現をアレンジした可能性が指摘されています。
服部南郭「児の愛する所の猫死す」 長年わが子にな ついてた 子は 焼いて いたキミの世話 少ないおやつを分けてやり 眠るキミ見て安堵した 深き愛ゆえ夢に見て 恩ゆえ埋めるの哀しいと…… だが心配はまたネズミ 傍若無人に今夜から…...