それはかの5代将軍徳川綱吉により行なわれた生類憐みの令でした。動物愛護と質素倹約という「正しい理念」の違いがあるだけで、その悪影響はとてもよく似たものでした。先にアップした南畝の予感が、現実のものとなったのが生類憐みの令でした。一言でいって、ともに悪政だったのです。生類憐みの令はいうまでもありませんが、寛政の改革も悪政でした。少なくとも南畝にとっては……。
生類憐みの令はかつて行なわれた悪政でした。いや、かつてどころの話じゃ~ありません。ジャスト100年前だったんです。
その キャプションは 伝狩野孝信筆としました。 土居次義先生 がこの裏面にあった「琴棋書画仙人図」 (米国・シアトル美術館蔵) とともに、 孝信 筆と推定されていた からです。 もっとも 『日本美術全集15<永徳と障壁画>』 出版 の直前に、小嵜善通さんが 狩野永徳の弟・...
昨日の芦雪展で楽しいお話ありがとうございました。
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