それに併せて日本絵画国際シンポジウムが企画されましたが、これらのコーディネーターが、当時カンサス・ローレンスにあるカンサス大学の美術史学教授であったステファン・アディス先生でした。
そのシンポジウムにアディス先生から招聘された僕は、「俵屋宗達のコンポジションと美術史的意義」と題して、今では考えられないような様式史的発表を行ないました。2回目の海外シンポジウムとはいえ、右も左もよく分からない僕を、先生はとても親切にリードしてくださいました。
伊勢地方では、昔松阪町殿町に住んでいた徳川紀州藩士、継松栄治がカワラナデシコ(カラナデシコの誤り?)を栽培していたところ、偶然花弁の長い変種が発現した。これを改良したのが伊勢撫子のはじめと主張する 人 もある。 嵐冠十郎が持ち上げているのは イセナデシコ じゃ ~ ありま...
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