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2020年9月14日月曜日

遂に飲み会2



李賀の酒の詩といえば、何といっても「将進酒」です。「君に勧めん一日中 ジャンジャカ飲んで酔いに酔え!! かの劉伶も死んじゃえば 墓まで酒はやって来ず」というのは、酒の詩というより、アル中の詩です()  さすが南郭に比べると、スケールが大きいというか、幻想的というか、はたまたシッチャカメッチャカというか……。
あるいは「致酒の行」も青春の酒の詩として古今独歩といってよいでしょう。 「人に無視され落ち込めば 酒を飲まずにいらりょうか……みな若者は青雲の 志をば持つべきだ 誰が望まん引きこもり 溜息ついて暮らすこと」というのは、ヤケ酒の詩です() 
しかしこれらは、すでに紹介したことがあります。そこで今日は「相勧酒」を取り上げました。三言から七言までが入り混じる古詩の形式ですので、なかなかうまく訳せず、和歌調と七五調がゴチャゴチャになった変な戯訳になっています。*は山+玆という僕のワープロじゃ~出てこない字です。


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