更にまた河辺の樹木輝いて 繚乱として花びらは散る
昔聞く月に生えるという桂 大内裏へと移植されたと
縹渺と仙界の花風に散り 音一つなく流れに落ちる
漢水の女神が絹の靴下を はいて波上を歩むに似たり
鄭交甫女神の帯び玉いただいた 直径一寸輝く光彩
胸痛む岸辺の鶏[とり]の鳴き声に…… 交甫なんかじゃないこの俺は
川の月見えなくなったし岸の花 いつも咲いてるわけでもないさ
変らずにみなぎる川の水だけが 岸辺の街をめぐり流れる
即身成仏とは、父母から受けたこの現実の身体が、そのまま仏であることを自覚することである。それは顕教に対する、密教の成仏論の特色となっている。一般に大乗仏教では、生きとし生けるものすべてが仏となる性質を持つと説く。しかし生身の人間が、仏となるにはさまざまな 修行が必要で、それにはか...
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