更にまた河辺の樹木輝いて 繚乱として花びらは散る
昔聞く月に生えるという桂 大内裏へと移植されたと
縹渺と仙界の花風に散り 音一つなく流れに落ちる
漢水の女神が絹の靴下を はいて波上を歩むに似たり
鄭交甫女神の帯び玉いただいた 直径一寸輝く光彩
胸痛む岸辺の鶏[とり]の鳴き声に…… 交甫なんかじゃないこの俺は
川の月見えなくなったし岸の花 いつも咲いてるわけでもないさ
変らずにみなぎる川の水だけが 岸辺の街をめぐり流れる
人間の感覚器官である五根やその対象となる五境を、密教では重視する、少なくとも肯定するというのですから、これ を 感覚主義と呼ぶことが 許されるでしょう。 理性よりも感性を重視する、あるいは 理性よりも感性に快感を覚える性向です。 日本人がきわめて感覚的であることは、すでに多く...
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