2019年8月9日金曜日

銭塘潮7



もちろん、行き当たりバッタリですから、銭塘江は波一つ立てず、ただ静かにゆうゆうと流れているだけでした。しかも、鄧小平による開放経済が始まって20年が経ち、沿岸の一部が工場地帯になっていました。天上の大雅には、ちょっと見せたくないなぁと思ったものでした。

今このときの旅日記を引っ張り出してきて、「饒舌館長」を書いているのですが、「銭塘大橋へ向う途中で、パン、白葡萄酒、石鹸、パンツを買う」などと書いてあります。銭塘江をながめながらの豪華なランチには、ちゃんと白葡萄酒を食前食後にやっているのですが、それが「ダイナスティー」だったか、「グレートウォール」だったか、はたまた煙台の安物だったか、まったく思い出せません。

何といっても30年前のことであり、今や僕も後期高齢者になっちゃっているからです。しかし、やっぱり煙台の安物だったような気がします(笑) 

0 件のコメント:

コメントを投稿

サントリー美術館「絵金」4

   絵金は江戸後期の文化 9 年( 1812 )土佐の高知城下、現在のはりまや町に髪結いの子として生まれました。本姓は最終的に(!?)広瀬、通称は金蔵、土佐では絵師金蔵をつづめ「絵金」「絵金さん」と呼ばれて親しまれました。 18 歳で江戸に出て、表絵師・駿河台狩野家の弟子で、江...