100万アクセスを突破しました❣❣❣皆さんありがとうございました❣❣❣

2017年5月29日月曜日

両界曼荼羅私論補遺3


 また東大寺両界堂といったのは、東大寺大仏殿が正しいようですが、その灌頂会図?は弘安7年(128410月に行なわれたものです。これは醍醐寺に所蔵されているそうですが、この図を見ると、蓮華座の東側に金剛界曼荼羅、西側に胎蔵界曼荼羅が掛けられたようです。つまり通常と反対の東金西胎です。

さらに文字の向きをみると、中央の蓮華座の方に文字の頭を向けていますので、金剛界曼荼羅は東側から、胎蔵界曼荼羅は西側から見るように、つまり絵の裏側を蓮華座の方に向けて掛けられたものと推定されます。

そうだとすると、醍醐寺五重塔初層壁画と同じ配置になります。日本でも僕が考える理想的配置が行なわれていたのです。このように見てくると、両界曼荼羅の掛け方に絶対的決まりはなかった――少なくとも日本ではなかったというのが実情に近いようです。

0 件のコメント:

コメントを投稿

荻生徂徠の賛酒詩がスゴクいい❣❣❣ 『荻生徂徠全詩』3<東洋文庫>饒舌館長ベストテン 7

  荻生徂徠「美人 酒に中る」  かの 楊貴妃を玄宗は 艶めく仙女と惚れたけど  この酔態を見たならば さらにお熱を上げただろう  ちゃんと黒髪 整えりゃ きっと眠りの 足りてない  海棠みたいに妖艶に なると言うのはどこのバカ ? *この一首は注解を読んでもチョッと難解ですが、...