2017年5月18日木曜日

三井記念美術館「西大寺展」19



僕の考えてきた曼荼羅の陰陽と自然の方角を一致させる合理的配置法が、じつは我が国でもごく普通に行なわれていたのです。裏表の問題は残っていますが……。密教美術に詳しくなかったため、これらの平面図をまったく知らず、日本の密教灌頂会では東壁に胎蔵界曼荼羅、西壁に金剛界曼荼羅と思い込んでいました。

そのため、ずいぶん回りくどい推論と証明を繰り返してきましたが、話は簡単だったのです。いずれにせよ、私見は間違っていなかった――こんなうれしいことはありません!!

このような両界曼荼羅の配置は、当然中国に発するものに違いなく、すでに指摘したごとく、そのオリジンを恵果に求めるのが正しいのではないでしょうか。この点も三本さんにお聞きしたところ、即答はむずかしいので、これから調べてみましょうと約束してくれました。そのあと美味しいお料理が待つレセプション会場に向かいましたが、じつに気分爽快、濃い目のウィスキー水割りを特注して、みずからに乾杯したことでした!?

 

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NHKカルチャー日本美術史8

また私は、土偶が吊り下げられたであろう柱木からトーテム・ポールを想起したが、この点に関しても、すでに研究が行なわれていることを知ってうれしかった。それは谷川磐雄「石器時代宗教思想の一端」 (1)(2) (『考古学雑誌』 13 - 4 ・ 5   1922 ・ 1923 )...