2017年5月9日火曜日

三井記念美術館「西大寺展」10


 ポイントとなるのは、もともと曼荼羅が地面に描かれ、あるいは床に敷かれたものであるという点です。だからこそ、自然の方位にしたがって東西南北を決めることができると言ってもよいでしょう。壁に懸けた場合、曼荼羅の左右は自然の方位に合わせることができますが、上下は不可能です。例えば、東壁に掛けるとおのずと右が南、左が北となりますが、東西は決まりません。

インドで始まった地面に描く地曼荼羅の段階で、その方位が決まったにちがいありません。インドでは太陽がすべての基準となりましたから、胎蔵界曼荼羅は日の出、金剛界曼荼羅は日の入りのイメージと結び付けられたと考えれば、このような方位に決まったのも理解しやすいでしょう。

地曼荼羅はともかく、敷曼荼羅を実際の方位にしたがって堂内に敷き、正面から諸尊を見るように密教者が座れば、胎蔵界曼荼羅では密教者が東を、金剛界曼荼羅では密教者が西を向くことになります。

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