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2024年9月7日土曜日

國華清話会小樽芸術村特別鑑賞会3

 

9年前、僕が司会をつとめた琳派400年記念祭・古典の日国際シンポジウムで、キーノートスピーチを賜ったことを懐かしく思い出しながらカードを取りました。今そのカードを見ながらこれを書いているんです。

そのあと彬子さまに、特別鑑賞室で似鳥文化財団コレクションの名品、伊藤若冲筆「雪柳雄鶏図」と葛飾北斎筆「詠歌美人図」「雲龍図」をご説明申し上げましたが、僕の饒舌は止まらず、ご先導役の島尾新さんから何度もマキの合図を受けたことでした() 「僕の一点」はもちろんこの「雪柳雄鶏図」ですが、『國華』1472号に載った佐藤康宏さんの意を尽した解説にすべてをゆだねたいと思います。

2024年9月6日金曜日

國華清話会小樽芸術村特別鑑賞会2

 


午後から彬子あきこ女王殿下のご講演「大英博物館が教えてくれたこと」を、その旧三井銀行小樽支店ホールで拝聴しました。このたび彬子さまには、國華清話会名誉会長にご就任いただいたのです。

お話の前半は、伝統を誇る大英博物館が挑戦している、刺激的な新しいプロジェクトについてでした。以前このブログにアップしたニコル・ルマニエルさんの「マンガ展」も取り上げられました。大英博物館は、かつて彬子さまがボランティア・スタッフとしてお仕事をされた思い出の知的空間です。

後半は日本の子どもたちが佳き文化の記憶をもち、それを未来へ伝えていくための場を再生するべく彬子さまが創設された心游舎の活動についてでした。二つながらに多くのことを学ばせていただきました。

2024年9月5日木曜日

國華清話会小樽芸術村特別鑑賞会1

 

 先々月722日、23日の二日間にわたり、國華清話会小樽芸術村特別鑑賞会が行なわれました。世界最古の美術雑誌『國華』と、すぐれた美術史研究者を顕彰するための國華賞については、何度かアップしたことがあると思います。両者をサポートするために設立された美術愛好団体が國華清話会です。年2回ほど特別鑑賞会が開かれるのですが、数年前沖縄・浦添美術館特別鑑賞会をこのブログにアップしたことがあるように思います。

今回は似鳥文化財団が小樽に開設した小樽芸術村の特別鑑賞会です。『國華』編輯委員は去年定年となりましたが、清話会の方はまだ役員としてお手伝いをしています。同じく役員の河合正朝さんと、22日朝の飛行機で新千歳空港へ、電車とタクシーを乗り継いでメイン会場となる旧三井銀行小樽支店へ駆けつければ、もうスタッフは緊張の面持ちでスタンバイしています。

 https://publications.asahi.com/original/zasshi/kokka/seiwakai/

 國華清話会にご興味のある方は、上記QRコードまたはURLからアクセスを!!!!


2024年9月4日水曜日

大木康『山歌の研究』12

 


 大木康さんはこれに註を加えて、「明の万暦年間ごろには多くの春画が出回っていたことが、『万暦野獲編』巻26<春画>などに記述されており、実際『花営錦陣』などの作品が残っている。この一首は、この当時の春画の普及の一端を物語るものといえよう。『夾竹桃頂針千家詩山歌』「纔了蚕桑」に「我搭情郎一夜做箇十七八様風流陣」とある」と指摘されています。じつに興味深いじゃ~ありませんか!! 

辻惟雄さんから頼まれて、なぜか学習研究社から出た豪華春画本に、「春画――中国から日本へ」という拙文を寄せたのは1992年――まだ大木さんの大著を頂戴する前のことでした。あれから早や30年以上、「山歌」の「春画」を加えて続編を書かなければなりません。

 ヤジ「こんなブログを書いている時間があるんなら、その続編とやらをサッサと書いたらいんじゃないの!?

2024年9月3日火曜日

大木康『山歌の研究』11

 

 やはり最後に原文をアップしておくことにしましょう。いくつか挙げたなかで、美術史的にもっとも資料的価値が高いと思われる「春画」の原文を……。

   姐児房裏眼摩矬

   偶然看看子介本春画了満身酥

   箇様出套風流家数儕有来奴肚裏

   *得我郎来依様做介箇活春画

 *は「冉」の右に「阝おおざと」をくっ付けた変な漢字で、僕のワードでは出てきません。『諸橋大漢和辞典』によると「那」の譌字にせじとのこと、現代中国語の「那麼ナーマ」(それでは・ところで)と同じような意味だと思われます。那麼、かの漢文名テキストを編まれた加地伸行教授に教えていただかなくても、字面だけで意味はだいたい想像できますが、先のマイ戯訳を参照してもらえればなおよく分かるかな()


2024年9月2日月曜日

大木康『山歌の研究』10

 

  『山歌』巻6の「詠物」に収められた山歌の大部分は、宴席における文人の遊びではなかったかと考えられるそうです。巻6の最初は「風」――3首のうちの一首を……。4句目は「知らぬ間に来て知らぬ間に 去っていくけど――でも好きよ」というのも悪くないかな。

  愛しい恋人できたけど ソイツはまるで風のよう

  東西南北 飛び回り 来たっていつも実じつがない

  春 三ヶ月 一回も 触れてはくれぬ柔肌に

  知らぬ間に来て知らぬ間に 去っていくのがいとおしい

2024年9月1日日曜日

大木康『山歌の研究』9

 

 馮夢龍のポン友である文人・蘇子忠が作った3首目はストレートで、大いに笑わせてくれます。男好きで有名な唐の則天武后に願をかけているんですから……。

  下らないこと古いにしえの 人は決定したもんだ

  一人の可愛い女の子 結婚できるのただ一人

  淫乱則天武后様 明の法律 変えてくれ!!

  姦通罪で捕まっちゃう 娘はいなくなるだろう

カエルも骸骨も踊り出す サントリー美術館・暁斎ワールドの迷宮へようこそ❣❣❣12

  服部南郭「児の愛する所の猫死す」     長年わが子にな ついてた   子は 焼いて いたキミの世話     少ないおやつを分けてやり   眠るキミ見て安堵した     深き愛ゆえ夢に見て   恩ゆえ埋めるの哀しいと……     だが心配はまたネズミ   傍若無人に今夜から…...