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2024年10月30日水曜日

サントリー美術館「英一蝶」17

 

そのころ僕は、本阿弥光悦も不受不施派だったのではないかと疑っていたので、とくに関心をもって拝読していました。しかし結局一蝶も光悦もウラが取れなかったので、そのままにしてしまいましたが、少なくとも光悦の場合、いわゆる「内信」であったかどうかはともかく、心情的には不受不施派に共感を覚えていたのではないかという気持ちを捨て切れません。かの光悦村には不受不施派的雰囲気が感じられるからです。

一方一蝶の場合は、原理主義ともいうべき不受不施派が、幇間なんかやるかなぁという疑いがぬぐえませんでした。しかし最近では、畏友・狩野博幸さんが一蝶不受不施派説を主張しているので、改めて考えてみなければならないと思っているところです。いずれにせよ、一蝶が本格的仏画に筆を採った基盤には、強い法華信仰があったように思われます。


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