鵜の羽で葺く産屋には、南方海洋国の習俗が反映していると考えられていますが、日本という国の誕生を象徴するもっとも重要なモチーフとなっているのです。鵜それ自体を日本と見なす隠喩メタファーがここにあるのです。そう思って翡翠を見ると、腹や嘴が朱で着彩されており、江戸時代には、オランダ人や広く欧米人を紅毛人と呼んだこととも思い出されてくるのです。
もっとも、この翡翠は普通のカワセミではなく、嘴が朱赤色のヤマショウビンに近いのですが、我が国にも迷鳥としてまれに渡来することがあるそうです。僕はこんな風に「鸕□捉魚図」を解釈してみたんですが、日比野さんが提唱する華山海防思想説の応援演説にもなっているんじゃ~ないかな(笑)
0 件のコメント:
コメントを投稿