医術をよくした師・玉田黙翁の影響を受けて、玉堂もこれに造詣が深く、漢方薬を調合して、漢詩人・西山拙斎に贈ったりしています。玉堂が修亭を迎え入れたのは、もちろん風雅を愛する文人としての交わりでしたが、漢蘭折衷医の修亭に対する尊敬の念もあったにちがいありません。
この七言律詩は玉堂の詩集である『玉堂琴士集』に収録されることはなかったようですが、琴に対する強い愛惜の念と、清濁併せ飲むことができない自己の性格に対する矜持をうたって、玉堂その人と対面しているような気持ちになってきます。
新版画は 明治42年 1909 京橋に渡邊版画店を開業した渡邊庄三郎による、文字どおり新しい時代の新しい版画です。 新版画の第1号ともいうべき、オーストリア人画家フィリッツ・カペラリの「鏡の前の女」が世に送り出されたのは 、 大正4年 1915 のことでした。ところで 6...
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