医術をよくした師・玉田黙翁の影響を受けて、玉堂もこれに造詣が深く、漢方薬を調合して、漢詩人・西山拙斎に贈ったりしています。玉堂が修亭を迎え入れたのは、もちろん風雅を愛する文人としての交わりでしたが、漢蘭折衷医の修亭に対する尊敬の念もあったにちがいありません。
この七言律詩は玉堂の詩集である『玉堂琴士集』に収録されることはなかったようですが、琴に対する強い愛惜の念と、清濁併せ飲むことができない自己の性格に対する矜持をうたって、玉堂その人と対面しているような気持ちになってきます。
野口さんは出典として 拙著 『日本美術絵画全集17 尾形光琳』(集英社)をあげているので、 早速 書架から引っ張り出してくると 、 確かにそんな風なことを書いているじゃ~ありませんか。ほとんど忘れていたのに……。 また野口さん が 『琳派絵画全集 光琳派一 』のマイ緒言...
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