半ば公刊をあきらめていた大漢和辞典が石井さんの助力を得られると聞いた時、私は再生の思いがした。……そこで、いつも石井さんには催促がましいお願いをした。当時石井さんは他に幾多有利の事業をかかえていたにもかかわらず、それをさしおいてまで私の事業のために全力を傾けてくれた。
さて、いよいよあと一年ほどで完成に至ると思う頃、突如石井さんは病臥の身となった。かねてからじゅうぶんの健康体でないことは万々承知はしていたが、さりとて一面事業の完成期は日々日に迫ってくる。
しかも、源融は先の一首からも想像されるように、陸奥に関心を寄せ、塩竃 しおがま の浦をしのんで難波の浦から邸内の池へ海水を運ばせ、塩を焼かせて楽しんだことになって います。異郷への興味という点で、 日本へ関心を寄せた 唐の皇帝や 白楽天とも 微妙に 通い合うのです。 さらに両者...
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