2017年8月6日日曜日

静嘉堂文庫美術館「私の好きな茶道具ベスト10」9<交趾香合>3


腹すきたりというにはあらねど、ただ何とのう夕餉待たるるなり。女房どもの走り元する音折々聞こえて、電灯も未だつかず、豆腐屋の笛遥かに過ぎて日影なお高し。舌頻[しき]りにからびて酒渇を覚え、鮒鮓[ふなずし]の賛を按じて成らず。一炷[いっしゅ]の香を捻[ひね]れど腹に応[こた]うるいわれなし。青き紐に徳利くくりて酒買いに出行きし童[わらべ]の、帰りの遅きをかこつ李白の首の長さもかくや。今宵の下物[さかな]は唐墨[からすみ]と菠薐草[ほうれんそう]の浸し物。これのみは日ごと我に好みを謀りて調うる習わしなり。子守女がいつか摘み置きけん嫁菜の、少しばかり籠につがねられたるも、しおらしけれど、いたく萎[しお]れぬればかいなく、壬生菜の芥子[からし]あえやいかにといえば、痔疾に障[さわ]らせたまうべしと妻諫[いさ]む。冷奴にせんには未だ春寒く、湯豆腐には已[すで]に暖かなるをいかんせん。さらば慈姑[くわい]の雲丹[うに]焼きして進ぜんと、妻の心づかいは嬉しけれど、秘蔵の物むざむざ掘返さんもあたらし。凝[こ]っては思案にあたわず、平凡の菠薐草と治まれるもめでたし。昨日は燻[いぶ]し鮭のサラダと鮒鮓、明日はさて何にせんと首をぞひねりける。偶[たまた]ま階下に女房の声して、いざ召しませと呼ぶ。うれしや茲[ここ]に筆を擲[なげう]つ。
    待ち長の長の長崎からすみに熱燗つけて妻が呼ぶ声

0 件のコメント:

コメントを投稿

出光美術館「トプカプ・出光競演展」2

  一方、出光美術館も中国・明時代を中心に、皇帝・宮廷用に焼かれた官窯作品や江戸時代に海外へ輸出された陶磁器を有しており、中にはトプカプ宮殿博物館の作品の類品も知られています。  日本とトルコ共和国が外交関係を樹立して 100 周年を迎えた本年、両国の友好を記念し、トプカプ宮...