芥子が我が国へ伝えられたのは室町時代のようですが、ポルトガル人がもたらしたとなると室町時代も後期であり、戦国時代、あるいは安土桃山時代の初期ということになるでしょう。我が国美術のモチーフとして登場してくるのは、確かにこれ以降のことです。よく知られているのは、ボストン美術館が所蔵する宗達派の「芥子図屏風」ですね。また出光美術館には芥子と麦を一双に描き分けた狩野重信筆「麦・芥子図屏風」があります。
仁清の主な活躍期は少しずれているかもしれませんが、寛文年間とみて間違いありませんから、やはり新しく渡来した美しい花に対する興味があったことは否定できません。しかし日本の知識人教養人は、それよりずっと早くから芥子やヒナゲシを知っていたはずです。ただし「虞美人草」という名前で……。

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