そのあと戻って来た夫が弔うと、妻の亡霊が現れて、恋慕の執心による死であったがため地獄に落ちたけれども、いまだに夫が忘れられないと訴えます。しかし読経の功徳で成仏するのですが、激しい恋情をテーマとするお能ですから、先の「清少納言」と組み合わせればピッタリです。
ところが在原業平に擬定されてきた『伊勢物語』に、こんな話は見当たりません。ですから題箋は、何かの間違いだろうという説もありました。しかし僕は、世阿弥が『伊勢物語』第24段の「梓弓」を想起しながら「砧」を構想したのだと思います。「梓弓」も宮仕えをするために、家を出て行ったまま帰って来ない夫を3年間待った女の話だからです。もっともこの女は、言い寄ってきた別の男と新枕の約束をしてしまうのです。

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