瑞峯院の創建年代についてはいくつかの説がありますが、天文4年(1535)というのが定説のようです。しかしこの年、宗麟はわずかに6歳、宗麟創建とすればもっと遅れるはずでしょう。事実、宗麟没年にあたる天正15年(1587)説もあるようです。少なくとも襖絵は、元亀年間、宗麟の40代まで遅れるというのが私見です。
しかしそんなことはどうでもよろしい。ここに大友皇子を持ち出してきたのは、皇子が我が国最初の漢詩人だからなんです。僕は日中を問わず、漢詩の世界に得もいわれぬ魅力を感じます。我が国初の漢詩集『懐風藻』は、じつに大友皇子の2首「宴に侍す」と「懐いを述ぶ」をもって始まります。またまた饒舌館長の戯訳で紹介することにしましょう。
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