100万アクセスを突破しました❣❣❣皆さんありがとうございました❣❣❣

2019年8月31日土曜日

諸橋轍次博士2


 

 先生は1883年、新潟県南蒲原郡四ッ沢村大字庭月――その後下田村[しただむら]字庭月――現在の三条市庭月に生まれました。1908年、東京高等師範学校を卒業、漢学の教員として同校に勤め始めた先生は、1919年、文部省より命じられ、中国哲学および中国文学研究のため2年間中国へ留学することになりました。

ところが中国に行ってみると、満足な漢字辞典がなく、大変苦労したことが契機となり、ライフワークとなる『大漢和辞典』の完成を決意したそうです。その後、これを伝え聞いた大修館社長の鈴木一平氏が先生のもとを訪れ、浩瀚なる漢和辞典の構想を提案したことも鼓舞するところとなり、以後35年にわたる苦難の大事業が開始されたのでした。

0 件のコメント:

コメントを投稿

山種美術館「開館60周年記念 川合玉堂――なつかしい日本の情景」13

   上からずっとみていくと、真ん中あたりに「川合玉堂」とあるではありませんか。これまた何というシンクロニシティで しょう 。 「饒舌館長ブログ」の連載中に、まったく知らなかった玉堂の作品に 永平寺で 逢着 するとは!! 玉堂が主題に選んだのは燕子花、天井画にふさわしく遠望効果を...