2026年3月26日木曜日

饒舌館長VS生成AI !! 蘆雪の「かわいい」に隠された世紀の見立てを巡る大激論 2

  

 金子さんが編集したカタログブック『長沢蘆雪』(東京美術)のコシマキには、「かわいい、だけでいい。」とありま。これ本展のキーワードですが、その「まえがき」は以下のようにきわめてアカデミックです。 

長沢蘆雪(一七五四九九)は、江戸時代中期の京の画家です。二〇代の頃に円山応挙に学んだことから、明治時代以降、美術史の上では、円山派の優れた画家であると説明されきました。正確には、応挙風という範疇に収まらない個性的な作品を描いたことについても取り上げられてはいましたが、その「はみ出した」部分の評価は、芳しいものではではありませんでした。静謐なものや深淵なもの、調和のとれたものに大きな価値を認めるような、かつての価値観のもとでは無理もないことです。 


ところが、一九七〇年に出版された辻惟雄氏の『奇想の系譜』(美術出版社)を機に、蘆雪の奔放さや奇抜さ、ダイナミッ クな造形が脚光を浴びるようになり、応挙の型を破った個性的画家として注目されるようになりました。同時に人間性にも興味が持たれ、大正時代に美術史家の相見香雨氏が聞き書きした、出生や死に関する話題や、応挙に四度も破門されたといった話が、真偽は定かでないとされながらも常に取り上げられ、「奇想の画家」としての蘆雪像を彩ってきました。 


そして二一世紀。新たに脚光を浴びたのが、「かわいいもの描き」としての蘆雪です。日本美術のかわいいものが再評価されたのと同時に蘆雪人気が高まった、というよりも、蘆雪は「かわいい日本美術」の再評価を牽引した張本人の一人です。 


子犬や雀やさまざまな動物、子供たちなど、蘆雪がいかに目の前の命の営みに心を寄せて、それを一幅の絵画に表そうとしたかは、作品とじっくり向き合い、絵の中の命が発する声を聞けば痛いほど感じられるでしょう。 蘆雪がそんな絵を描いてくれたおかげで、当時の人々も、そして私たちも、蘆雪と愛おしいものを共有することができるのです。 蘆雪という画家のイメージは時代によって変わりましたが、円山派の蘆雪も、奇想の画家の蘆雪も、そしてかわいいもの描きの蘆雪も、どれもがその時代の人々にとっての蘆雪です。

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