2017年7月19日水曜日

伊井春樹『小林一三は宝塚少女歌劇に……』4


楯彦は伊井さんの新著に「もっとも大阪の画家らしいと評判の菅楯彦」とあるとおり、明治から大正、昭和へと、三代にわたり活躍した大阪の画家で、その個性的風俗画は一世を風靡しました。今回とくに楯彦の名前が目に止まったのは、長い間親しくさせてもらっている日本美術史研究家で、米国・リッチモンド大学名誉教授のスティーブ・アディスさんから、ちょうど楯彦に関するメールをもらったところだったからです。

今秋、リッチモンド大学美術館で開催する特別展「Unexpected Smiles: Seven Types of Japanese Paintings」の準備をしているアディスさんは、そこに楯彦の「大阪月次風俗図」という双幅を陳列することにしたそうです。その画像を送ってくれるとともに、ちょっとした質問を添え、僕に意見を求めてきました。この双幅は楯彦の諧謔的画質がよく現われたおもしろい作品だったので、意見を述べる必要上、楯彦について少し調べてみました。

調べてみると、生き方もじつに愉快な画家であることが分かり、その双幅をぜひ見てみたい、その展覧会も一緒に楽しみたいという気持ちになりました。伊井さんの新著に楯彦が登場することを、アディスさんに即刻メールしたことは、改めて言うまでもありません。

ところで、逸翁のすぐれたコレクションをそのままに伝える逸翁美術館は、今年開館60周年を迎えます。先日、伊井さんから求められるまま、その記念図録に「逸翁絵画コレクション」というエッセーを寄稿したところです。また1111日(土)には、逸翁美術館で講演もやらせてもらうことになっています。そのタイトルや、「ひねもす蕪村を語り尽す――饒舌館長、池田へ見参!!」というのですから、果たしていかなることになるのでしょうか。本人にもよく分かりません!?

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。

横浜美術館「石内都展」と山口百恵2

坂道も、草原も、ドブ板横丁も、米軍に入りこまれたことによって仕方なく変らざるを得なかったあの街の、独特の雰囲気が、その写真の中では、陰となって表わされていた。哀しかった。恐怖さえ抱いた。 同じ街が見る側の意識ひとつでこんなにも違う。私の知っている横須賀は、これほどまで...