140万アクセスを突破しました❣❣❣皆さんありがとうございました❣❣❣

2026年8月31日月曜日

追悼 草間彌生さん1

 日本を代表する、いや、世界に冠たるコンテンポラリーアーティスト草間彌生さんが8月14日お亡くなりになりました。享年97。ご逝去を悼み、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 12年前、秋田市立千秋美術館で「草間彌生 永遠の永遠の永遠」を観て改めて感を深くし、そのころやっていたブログ「おしゃべり名誉館長」にオマージュを捧げました。その後何度か草間芸術に触れる機会はありましたが、その印象記をブログにアップすることは一度もなかったように思います。「永遠の永遠の永遠」印象記を再録して、追悼の辞に代えることをお許しくださいませ。

秋田市立千秋美術館「草間彌生 永遠の永遠の永遠」(2014719日)

         草間彌生は日本のピカソだ!! 決して自己模倣に陥りません。2004年以降、この10年間の最新作を集めたこの特別展でも自己変革を見せつけます。水玉と網目模様という草間イメージを否定、人間の顔や生物をモノクロームで即興的に描き、シルクスクリーンに転写した「愛はとこしえ」。そこにサイケデリックなアクリルのポリクロームを加えて、増殖し続ける「わが永遠の魂」。 

 

2026年8月30日日曜日

坐・琳派展第12回特別講演会「現代における琳派の底力」聴講ありがとう❣❣❣

 


 昨日、午後2時から鶴見駅前ホールで開催された坐・琳派展第12回特別講演会「現代における琳派の底力」が満席盛況のうちに終了しました。ご聴講いただいた皆さまありがとうございました❣❣❣ 琳派をライトモチーフにする「坐・琳派展」が12年も続いていること自体、現代における琳派の底力を物語っています。 

 まず鶴見画廊で開催中の「坐・琳派展 第12回」を鑑賞したあと、この講演会に臨みました。タイトルに「現代」とあるとおり、コンテンポラリー琳派を〆に持っていったのがミソだったかな? 

 その一人にセレクトさせてもらった実行委員会会長の浅野康則さん、司会役をつとめてくれた古川巧さん、改めてお礼申し上げたく存じます。 古川さんは半世紀以上まえ、東海大学講師時代の学生さん、僕も出品した「横浜開港記念アンデパンダン」をエントリーしたとき紹介したように思います。 彼のお蔭でそのときの学生さんがほかにも聴講してくれました。 当時は先生と学生でしたが、今や同世代の後期高齢者同士です( ´艸`)  

日本の将来に不安を抱かないではいない現在、東博の「空海と真言の名宝」展は必見です!!13


  頼富本宏氏の著書『密教とマンダラ』<NHKライブラリー>(2003年)を開くと、第4章「マンダラとは何か」において「色と形のシンボリズム」であると規定しているのです。「マンダラはおおむね円と正方形が中心となって構成されているという事実である。この傾向は、決して偶然ではなく、シンボリズムの立場から大変重要な意味をもっている」として、詳述しています。色彩についても「形而上学」と題して、その象徴的意味をとても分かり易く説明しています。

もっとも金岡秀友氏は、『密教の哲学』(講談社学術文庫)において、密教を「極端な秘密主義の中に開花した高度に発達した象徴の哲学」という先入観でみることに異を唱えているようですが、密教が象徴主義的であることは否定できないように思われます。このように密教が象徴主義的宗教であったとすれば、これは日本文化の性格ととてもよく似ていることになります。

2026年8月29日土曜日

日本の将来に不安を抱かないではいない現在、東博の「空海と真言の名宝」展は必見です!!12


密教では、現実世界のなかにひそむ象徴を直感によって解読しなければならないことになります松長は『密教・コスモス・マンダラ』に先立って著わした『密教』<岩波新書179>(1991年)のなかで、密教芸術の場合についてこの点を「投影」という言葉で単刀直入に指摘しています。


 西洋の芸術作品では、作者とか鑑賞者といった人間が中心となって、それらの目で作品が構成されている。それに対して密教の芸術は、現実社会の個々の事物の中に宇宙生命の投影をみて、それらを具体的な姿をとったものとして現実世界に出現させる。


 そもそもこの「感覚で捉える」章の副題は「密教のシンボリズム」なんです。このような密教のシンボリズムについて、とくに曼荼羅を例にあげて強調するのが頼富本宏です。

2026年8月28日金曜日

日本の将来に不安を抱かないではいない現在、東博の「空海と真言の名宝」展は必見です!!11


松長有慶は、先の引用箇所でも盛んに「象徴」という言葉を使っていますが、その少しあとでつぎのように述べています。

 

われわれは、真理そのものと直接接触することはできない。その意味で果分はたしかに不可説である。ところが密教では、このように現実世界のなかにひそむ象徴を直観をもって解読するとき、果分はたちまちにして可説に転ずる。真理もまた表現できると主張する根拠は、ここにあるといってよいであろう。


 この「果分」とは真理のことです。中国仏教では、現象世界を因分といい、絶対の世界、真理の世界を果分と名づけたそうです。果分は中国で生まれた言葉のようですが、真理は言語によって正確に表現することは不可能であるというのが、仏教のみならず宗教界においては常識とされてきました。これを「果分不可説」――「果分は説くべからず」というそうです

2026年8月27日木曜日

日本の将来に不安を抱かないではいない現在、東博の「空海と真言の名宝」展は必見です!!10

 


人間の感覚器官である五根やその対象となる五境を、密教では重視する、少なくとも肯定するというのですから、これ感覚主義と呼ぶことが許されるでしょう。理性よりも感性を重視する、あるいは理性よりも感性に快感を覚える性向です。


日本人がきわめて感覚的であることは、すでに多くの指摘がありますが、僕は和歌と漢詩を比較してみるのがもっとも手っ取り早いと思います。これを美術についてみれば、日本美術が感覚的表現を志向することが思い出されるでしょう。

 

岡倉天心は日本美術の変遷を総括して7つの特質を挙げましたが、「仏教の哲理によりて唯心論に傾き、写生を離れて実物以外に美の存在を求む」というのがその一つでした。ここでいう「仏教」とは、密教だけでなく顕教も含めての話でしょうが……。天心は唯心論と述べていますが、理性主義的な写生に対して、感覚的であるという指摘にほかなりません。矢代幸雄のいう日本美術4大特質の一つ「印象性」とも有無通じるところがあるでしょう。

2026年8月26日水曜日

おススメのサントリー美術館「眼のごちそう 食器」はもうすぐ終わります❣3

  


 松長有慶先生の『密教・コスモスとマンダラ』(NHKブックス)をはじめ、何冊か密教の本を読んで、延々と書いたことがすべて徒労に終わったように感じられました。しかしすでに書いちゃったし、ボツにするのも口惜しいので、この「眼のごちそう 食器」のあと再開しますが……( ´艸`)

 もう一点とくに心惹かれたのは「色絵縞文猪口」(個人蔵)ですね。側面一周に筋文を描き、黄、緑、青、紫に染め分けた細筒型のお猪口です。スゴクいいなぁ!! 帰宅してシャワーを浴びたあと、しばらく使っていなかった乾山写しの細筒型麦藁手猪口を、戸棚の奥から引っ張り出し福光屋さんの「加賀鳶」をやったことでした。


かつてMOA美術館のミューゼアムショップで求めた猪口のように思いますが、最近はあらゆる記憶が内藤やす子の名曲みたいになっちゃっています(´艸`)

2026年8月25日火曜日

おススメのサントリー美術館「眼のごちそう 食器」はもうすぐ終わります❣2

 


いま「饒舌館長ブログ」には、東京国立博物館の「空海と真言の名宝」展印象記を連載中ですが、チョッとお休みしてこの「眼のごちそう 食器」展をどうしても紹介したいと思った次第です。先日アップした川合康三さん真似をすれば、「いいですなあ」としか言いようのない展覧会です。それにあと1週間で終わっちゃうです。


「空海と真言の名宝」展印象記はもう少し続きますが、すでに全部書き終わっています日本人は密教の難しい教義や儀軌はよく理解できなかったけれども、広く信仰され、人気仏教(!?)になったのは、密教の感覚主義、象徴主義、現世肯定主義日本人は共感を寄せやすかった、あるいはそれに馴染みやすかったためであるというのが結論というか、独断と偏見です


それを証明しようとチョッと頑張ったのですが、そんなに頑張らなくたって、この「染付山水松梅文大鉢」の前に立てば、日本人の感覚主義、象徴主義、現世肯定主義は一目瞭然、何千字も費やす必要などモウトウなかったです

2026年8月24日月曜日

おススメのサントリー美術館「眼のごちそう 食器」はもうすぐ終わります❣1



サントリー美術館「眼のごちそう 食器」<8月30日まで>


 とても楽しめる展覧会です!! 一つ一つが愛おしく感じられます。向付の一客、オテショウの一枚でもいいから欲しくなります。確かにこれらは見るだけですばらしい「眼のごちそう」ですが、この皿にどんな料理を盛ったら映えるか、この向付にはどの季節のがフィットするか、このお猪口には辛口か甘口か、お燗か冷やかなんて考えながら会場を巡れば、もっとワクワクしてきます。


事実、出品作品にお料理を盛った写真が展示されていますが、これがとてもいいです。源内焼の「三彩竹林七賢人文大鉢」に中華風の豆腐料理を盛った写真には、ヨダレが垂れてきそうでした。北大路魯山人がいったように、食器は料理の着物です。

 「僕の一点」は初期伊万里の「染付山水松梅文大鉢」(サントリー美術館蔵)ですね。どんなお料理にも合いそうですが、これには中華風ではなく、ゼッタイ和風の豆腐料理でいきたいですね

2026年8月23日日曜日

日本の将来に不安を抱かないではいない現在、東博の「空海と真言の名宝」展は必見です!!9

 


ところが密教では否定されねばならぬ五境に、逆に真理が象徴として宿っているのだと説く。またその象徴を理解するために、一般仏教ではその活動を停止することが求められている五感を、逆に思いきって活用せよという。こういったところに、果分を可説たらしめた密教の積極的な姿勢を読み取ることができるであろう。


目という感覚器官を活用するための対象として、密教の華やかな荘厳具とか儀礼、曼荼羅などがある。密教の道場は一般仏教の各宗派の道場に比して、まことにきらびやかである。また荘重な宗教儀礼が数々用意されている。さらに曼荼羅といった宇宙の真理を凝縮した図形がある。人はこれらから視覚を通じて真理より送られてくる暗号を解読し、その内容を具体的に把握することができる。

2026年8月22日土曜日

日本の将来に不安を抱かないではいない現在、東博の「空海と真言の名宝」展は必見です!!8

 


コシマキに「インド・チベット調査の体験を踏まえ、現代人の見失ったコスモスをマンダラの中に捉え直し、密教の真髄を解明する」とあるとおりです。密教の真髄を解明した名著だと思います。松長は第3章「真理の表現」のなかで、つぎのように指摘しています。


人間の感覚器官には五種ある。目、耳、鼻、舌、身体がそれであって、仏教の術語によればそれを五根という。……五根の対象となるものを五境と名づけているが、色(物質)、声、香、味、触(皮膚に感じられる対象)の五種である。

 仏教では一般に五境は人の心に煩悩の迷いをおこさせるもとになると考えて、それを五塵とも名づけている。もとよりそれは修行者が悟りに向かうためには避けねばならぬ対象なのである。

2026年8月21日金曜日

日本の将来に不安を抱かないではいない現在、東博の「空海と真言の名宝」展は必見です!!7

 


また僕の家の菩提寺である三ノ輪の永久寺は天台宗ですので、これまた密教なのです。 このように密教が日本に広がり深く信仰されたのは、その教義はともかく、日本人におけるものの考え方や感性と密教が、とても親和的であったからである――というのが独断と偏見です(´艸`)


儀軌の詳細はよく理解できなくても、日本人は違和感なく密教に馴染むことができたのではないでしょうかこれまで密教のことは『岩波 仏教辞典』や『新潮世界美術辞典』で知るだけだったので、この夏休み何冊か密教関係の本を読んでみました。そのなかで最も分かり易く、もっともよく腑に落ちたのは、松長有慶の『密教・コスモスとマンダラ』<NHKブックス486>(日本放送出版協会 1985年)でした。


2026年8月20日木曜日

日本の将来に不安を抱かないではいない現在、東博の「空海と真言の名宝」展は必見です!!6

 

  

現在、我が国の仏教界において、密教がどの程度のパーセンテージを占めているのか存じあげません。しかし、きわめて大きな宗派であることは疑いないでしょう。事実、僕の家の近くにある大きな寺院は、宗泰寺と延命寺という二つですが、両者とも真言宗、つまり密教寺院なのです。


とくに延命寺は、弘法大師ととても縁が深いのです。天平時代、行基菩薩が逗子へやってきて手ずから地蔵菩薩像をお造りになりました。つぎの平安時代になると、今度は弘法大師がやってきました。ところが行基作の地蔵菩薩はお像だけだったので、大師は何とおいたわしいことと思い、これまた手ずから厨子を作ってお像をお納めになりました


これが「逗子」という地名の由来なのです。1200年近く前、弘法大師逗子まで旅をされていたです。そんなのガセネタに決まっているじゃないかという猜疑心の強い方もいらっしゃるでしょうが、寺伝というものはロマンでありストーリーなのでしょう。


2026年8月19日水曜日

静嘉堂文庫美術館「元禄!師宣劇場」2

 


そしてこのたび吉田恵理さんが軸木の「元禄六年酉ノ三月廿九日」という決定的証拠を発見この特別展開催を決定的にしたのです師宣が没したのは元禄7年6月4日ですから、確かに師宣在世中の制作であり、元禄5年から6年にかけて描かれたのでしょう。そう思って見れば見るほどすばらしい。師宣傑作中の傑作、これを実見せずしてもう師宣を語ることも、浮世絵を云々することもできません!!


詳細については、吉田さんの本展カタログ論文「元禄!師宣劇場『十二ヶ月風俗図巻』を読む」を読むようおススメしたいと思います。この浮世絵研究史上における特筆すべき偉業を成し遂げた3人の研究者が、すべて女性というの特筆すべきことです。


この記念的特別展を記念して――今回はなぜか言葉の繰返しが多いようですが( ´艸`)、以前もアップした日比谷高校S37卒美術ファンの面々で一緒に鑑賞したのでした。この日はフリー・トーク・デーだったので、饒舌館長もまったくストレスがありませんでした(!?)

日本の将来に不安を抱かないではいない現在、東博の「空海と真言の名宝」展は必見です!!20

以上、おもに松長有慶氏の『密教・コスモスとマンダラ』によって、密教やそのイメージ化である曼荼羅が、感覚主義的であり、象徴主義的であり、現実肯定 主義 的であることを明らかにしました。もちろんこれは松長氏の密教 論であるわけですが、94年の生涯を密教研究に捧げつくした松長氏の見解に...